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小さな山村で暮らしながら、地域社会、民俗、狩猟、採集について考察・再定義するブログ

歩けなくなる難病でも料理とトイレは自分でやってやる!在宅生活に向けた”脊髄梗塞”リハビリ日記 (1/5) あした天気にな~れ!からの転載

2021/03/08

マルさん(仮名)から、脊髄梗塞と戦う奮闘記(あした天気になーれ!)の第五弾の記事が届きました。

ども、田口(@tagu_h1114_18)です。

 

今回も記事の書き起こし・編集に携わらせていただきました。

かなりの文章量で、5記事に分けさせてもらいましたが、じっくり読んでみてください。

同じような悩みを抱える全国の脊髄梗塞患者の方に届けば、嬉しいです。

では、本文をどうぞ。

 

※なお、現在はnoteにてゆっくりとブログを更新しておりますので、もしよろしかったらこちらもご覧ください。

マルの「あした天気になーれ!」


 

2016-04-12-01

春がやってきました。冬眠から目覚める北の国から、4ヵ月ぶりに再開です。

(2016年)H28年2月27、28日にかけて、第一回国際ソーシャルフットボール大会(精神障害者国際フットボール大会)が日本国内で開催され、みごと日本代表チームが、優勝したことをご存じでしょうか?!一部、動画サイトでは見られますが、ほとんど報道されず、知る方は少ないと思われます。個人情報を知られたくない方が多かった為と思いますが…。東京オリンピック・パラリンピックが2020年日本で開催されますね。そんな中、障害者パラリンピックが、にわかに注目されてきています。しかし、身体障害者はパラリンピックに参加出来るのに対し、精神障害者は参加が出来ません。間接差別的(直接障害を理由に差別される)のように感じますが、どう思われますか?!彼らがここに至るまでの汗と涙の努力を、私は讃えたいと思います。広い意味でのバリアフリーを進めてもらいたいと願います。

第4段(リハビリ病院の日記から)後編
このお話は、2年前にさかのぼります。病で(脊髄梗塞)障害を負って以来、辛さ苦しみを多くの暖かな人々の支えを受ける中で、少しずつ障害を受け入れ、乗り越えて生活して行く様子を、ありのままに伝えて行きたいと思います。
又、8ヶ月にわたる闘病日記から、脊髄梗塞と言う病気を知って頂き、病気の解明に繋いで行けたら嬉しく思います。

 

○平成26年(2014年)4月1日

本日から消費税が5%~8%に増税されました。私の入院費もあがるのかな?!発病し入院すること5ヶ月近くなります。夫は「大丈夫だ」と言っていましたが、決まってそんな時は強がりを言っていることが多いように思います。家族への経済的負担が心配です。

 

○4月2日

月に一度見えるリハビリDrからの診察日です。4つのお話がありました。

  1. ベッド上の生活から車椅子上の生活へ自立
  2. 臨床時間を長く保つ為に体力をつけよう
  3. 血液の事(白血球値が低い)は様子を見る。心配しないように。
  4. 薬を多く服用しているので少しずつ減らして行きましょう。

具体的なリハビリの方向性を示しました。目標に向かい頑張ろうと思いますが…

 

○4月4日

「エイプリルフール?」T.V.を見ていると、”足こぎ車椅子でリハビリ”を報道しています。そのことをリハビリ療法師の方に話をしたところ検討して下さるとか。「うれしい!」福祉用具等をあつかう業者との打合せもありました。なんだかあわただしくなりました。夫は、自宅改修リフォームの事で(私の体に合わせるための改修)話し合いをした様子。多くの方に感謝です。

 

○4月5日

春の不調(季節の代わり目に体調不良になりがち)もようやく落ち着いて来ました。夫の姉が、花見だんごを早々と持って顔を見せて下さったり、友人が、庭の桜や、スイセンを折って病室に飾ってくれました。外に出ることが難しい私を思いやってくれて、ありがとうございます。

 

○4月7日

昨夜は雪風、雨風と大荒れ。今朝は急に寒くなりましたが、リハビリ室はポカポカです。男性理学療法師(P.T)から、補強の為に両足をベルトのような物で、太股~足首まで巻いてもらい、サイボーグさながらです。P.Tさんとサイボーグの力をお借して何とか平行棒をつたい歩かられたような。今、思い返せばサプライズな感じでした。

 

○4月8日

リハビリスタッフさん達のサプライズが続いています。以前私がT.Vを見て言い出した”足こぎ車椅子のデモ”をお借りすることが実現しました。不思議、動かない私の足が、車のペダルを扱いでいます。そしてこの力が、車椅子を動かすのです。廊下を自分の足で走っている!!「あー動いた!動いた!」子供のように叫び、元気だった頃のような爽快感を感じておりました。

 

○4月9日

その日もお天気でした。リハビリを終え病室に帰ると、思いがけない方が私を待っていました。その方はわざわざバスを乗り継いで一日がかりでお見舞いにいらっしゃいました。

私より20才以上も年上の方で、旦那様の介護の合間をぬっていらしたとか。私の顔がどうしても見たかったと話されました。私はありがたい思いと申し訳ない思いが込み上げて、涙が止まりませんでした。「ありがとうございます。どうかお元気で」幸多かれと祈るばかりです。

 

○4月11日

私の住む北の国にも、ようやく本格的な桜の季節が到来したようです。そんな中、周囲のうきうきした様子になじめない自分がおりました。春を楽しく思う気になれないでいたのです。今日はあの足こぎ車椅子をお返しする日でもありました。数日間ではありましたが使わせてもらい、なんだか淋しい気持ちでおりました。お気に入りのオモチャをなくしてしまった子供のよう…。

 

○4月13日

リハビリ病院の周りの桜も見頃でしょうか。患者さんの中には、桜の枝を手にして外の散歩から帰ってくる方も見られます。私はリハビリ室の起立台の上に立たされた姿で、それを見ていました。「あれ、ゼクゼクする。花粉症かな?」(杉花粉症による喘息の持病もありました)まだ、この頃も心臓がドキドキしたり、脈が早かったりと、体の調子を整えるのが苦手だったようです。特にこんな風に気持ちの変動で体調も変わってしまうようです。

 

○4月14日

リハビリ室にて、平行棒での歩行練習が続きます。PTさん二人対応で、どうにか私の思いを汲んでやろうと練習を行ってくれました。両足を以前よりさらにグルグル巻にして、三人で立ち上げ、1、2歩、歩くのが精一杯です。退院までの残された期間のうちにどうにかしてやろうとの思いが伝わります。リハビリ療法師さんに体を預けられる。いつも信頼してリハビリが出来たことは、幸せでした。トイレでのリハビリも始まりました。トイレで排泄が一人で出来ることは、大きな目標の一つでした。「頑張ります。ありがとうございます。」

 

○4月16日

この日は生まれ育ったふる里のお祭り。姉が手づくりの”とちもち”を持って来てくれました。その日の昼食は看護師さんにお話しをして、主食にとちもちを食べるようにしてもらいました。「うまい!とちの良い香り、美味しい。」周りの患者さんやスタッフさんにもおすそわけしたい思いをやっと抑えて、残りを父母のいる我が家に持ち帰ってもらいました。父母は喜んだことでしょう。

○4月17日

リハビリ病院に入院して3ヶ月になりました。良くも悪くもいろんなことが見え隠れするものらしいですね。私のワガママも見え隠れして、ささいな事も気にかかり出してきました。いけないと思いつつも、師長さんと少しお話しをすることに。長い入院生活、ストレスが溜まってくる時期だったのでしょう。自分自身も対人サービスの仕事をしてきたので、思い当たる節がありました。外から来た人の目には不都合、不便、不愉快等…と思うのに、内にいる人には見えない、気づかない事があったりと。私が尊敬していた方がよく話していました。『クレームは宝と』

「スタッフの皆さん、ありがとうございます」私のワガママを聞いてくださり、出来る限り改善しますと返答がありました。

 

○4月18日

今日は病院内でのお花見会です。さまざまな催し物がありました。そんな中、自分の事となるとこういった行事になじめませんでした。お抹茶をいただいた後は、病室のベッドの中で過ごしていました。ワガママですが、『しんどい』『ごめんなさい、スタッフの皆さん』

 

○4月20日

静かな日曜日です。今日は詩人、みすずの本を読んで過ごしました。そのせいか、心の中のモヤモヤを吐き出したくなりました。

病気になって知った事―『じーっと我慢すること、無口になった方が楽で、その方が周囲から好かれると知りました』私の心は小さな子供のようにオロオロしたり、行ったり来たりしています。

 

○4月22日
最近うつうつした気分が続いていました。今の自分の事を思うと、突然病気を発病し、足が動かなくなり、強い痛みに悩まされる毎日。いろんなことがなくなり、未来や自由もないような、社会から孤立して行く虚しさ…。今日もT.V等では震災に遭われた仮設住宅で生活されている方のインタビューが報道されています。語弊だとお叱りを頂きそうですが、突然なにもかも変わってしまった生活、その辛さのようなものがわかる気が致します。毎日顔を出してくれる夫に、当たったり吐き出すこともありました。

「ごめん…」

そんな私を思ってか、義理の叔母さんと、父母が面会に来てくれました。

『本当に皆さんに心配と、苦労ばかりかけて―、ごめんなさい』と心の中で詫びていました。西の空?明るくなり出しました。明日はお天気でしょうか?!

 

○4月23日

やっぱりお天気です。今日は同じリハビリ病院に、偶然にも一緒に入院する事になった義理の叔父さんが3ヶ月間の入院を経て、元気になり退院します。

「あー良かった。おめでとうございます」でもちょっぴり寂しい感じがしました。

 

○4月26日

『あれ!』朝、歯磨きをしていたら、左奥歯のつめ物が外れました。日々いろんな事があるものですが、動けない自分の身、『どうしよう?』看護婦さんに相談して、以前に通院していた歯科医に電話してもらったところ、リハビリ病院に往診して下さるとのこと。『ありがたいなー。こんなふうに多くの方々の助けをかりて、この先も生活していくのか…』複雑な思いがします。

 

○4月28日

自宅リフォームのために外出しました。大工さん、係の方々、家族とお話ししました。私のために多くの方々が力になって下さるのです。感謝しきれません。

自分がしっかりしなければと思いつつも、病院に帰ると体はヘトヘト。看護婦さんがバイタル測定します。血圧180台、大きく息をすい、もう一度測定、150台に血圧は下がりましたが、心臓がドキドキしています。相変わらず周囲のスタッフさんに迷惑をかけておりました。

 

○5月1日

左奥歯の治療のために、歯科医がリハビリ病院まで往診して下さいました。しかし、神経を抜かないと根本的な治療は無理で、今回は応急措置を行い、退院後に通院して下さいとのことでした。まずは何とかなりました。『ありがとうございました。』また、今日からステロイド薬という薬が、半分量に減りました。体への負担を考え、薬を減す調節が少しずつ行われています。しかし、自分自身は少し不安がありました。この薬は過去に何度か減量して来たのですが、少量で体のバランスが変わりました。『あーやっと落ち着いていたのに、またしんどくなるな』と思った次第です。

 

○5月2日

体の動きを見るため、リハビリ中に動画を撮るとか。カメラポーズではないけど(顔は撮らないらしい)緊張します。今後のリハビリに役立て下さい。

リハビリから帰ると、友人Sさんが見えていました。久しぶりに病室が明るくなり、お話しがはずみました。いろんなことがある毎日、ホッと一息つけました。いつも感謝しております。


 

歩けなくなる難病でも料理とトイレは自分でやってやる!在宅生活に向けた”脊髄梗塞”リハビリ日記 (2/5)へと続きます。

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