ひろろーぐ

小さな山村で暮らしながら、地域社会、民俗、狩猟、採集について考察・再定義するブログ

「歩けないけど歩きたい!」突如患った難病"脊髄梗塞"と共に生きていく人生(あした天気にな~れ!からの転載)

2015/04/12

ども、田口(@tagu_h1114_18)です。 あるキッカケで、とある脊髄梗塞の方の情報発信のお手伝いをさせて頂くことになりました。※本人は匿名希望であるので、仮名(:マルさん)とさせて頂きます。 お手伝いの内容は、本人から頂いた原稿を編集し、ご本人用のブログ「あした天気にな~れ」への記事更新と、僕のブログへの転載。その他、脊髄梗塞や脊髄損傷に関わる人、興味ある人に届くような媒体への掲載打診など。   恥ずかしながらこの方に出会うまで脊髄梗塞という病気を知らなかったのですが、医療が発達しているように見える現代でも未だ原因も分からず、治療法が確立していない難病の一つだそうです。 マルさんは原因もわからずある日突然、脊髄梗塞になり、自分の足で歩けなくなってしまった。 苦しい入院生活を経て、在宅になってもなお、普通の生活が送れない…。 ご本人と直接お会いして、お話を聞いたり暮らしぶりを拝見させて頂く限り、そんな暮らしを『不自由』という言葉で片付けるにはあまりにも簡単すぎるように感じる。   僕は、アキレス腱が断裂して2~3か月まともに歩けなくなったことがありましたが、治ること前提に暮らしていけたので心への負担もそこまで大きくなかった。 そういう意味で、この先もずっと歩けないかもしれない…という絶望感は、僕の経験をはるかに上回るモノだと言い切れる。 自分に同じような経験がないため、マルさんの苦しみや痛みに深く共感することができないのですが、「自分の足で歩く」というごくごく当たり前のことを夢見て、リハビリに勤しんでいること、自分の想いや暮らしを発信したいという、前向きな気持ちを汲んでいきたいと思った。 僕には、情報を発信することしかできないけれど、マルさんの想いや文章が、誰かの心に届いて欲しいなと思います。   前置きが少し長くなりましたが、以下が、あした天気にな~れというブログの第一本目の記事、「脊髄梗塞になっても、人生は諦めたくない。」の転載です。 -----------------------------------------------------------------------------------------------------

障害の有無にかかわらず

命は皆が等しく尊い!

自由に生活を楽しみたい!

可能性をあきらめたくない!

皆の笑顔が見たい!

 

はじめに…

“脊髄梗塞という病気を皆様はご存知ですか?” 若者も高齢者も発病する可能性がある大変珍しい病気で、病気の原因、治療法も確立されていないということです。 この度、少しでも多くの方に興味を持って頂きたく、できる事ならば病気の原因、治療法を解明していただきたく声を発しました。 どんな病でも現在は継続したリハビリが大切だとも言われますが、脊髄梗塞においても例外ではないと思います。 その事で医療費の削減、患者様の社会復帰も期待できると私は思っています。  

発症の経緯

「突然の腰痛と共に両足がまったく動かない!!」「2時間前まではピンピンしていたのに…」 そんな状態で私が救急搬送されたのはH25年12月5日の深夜のこと。MRI等の検査を経て診断された病名が、脊髄梗塞でした。この病は時には医師でさえも知られていないほど、珍しい病気だそうです。 通常、椎骨動脈以外の動脈に由来する虚血から起こるそうで、症状は突発的な重度の背部痛、四肢の両側性弛緩性麻痺、痛覚と温感に特にみられる感覚障害です。 言葉が難しいのですが、私に教えて下さった方のお言葉をお借りし、脳梗塞を例に出して説明しますと、脳梗塞は脳の血管が詰まったり、損失したりして発症し、身体の片側に麻痺がみられる症状です。一方で、脊髄梗塞は脊髄の血管がつまって組織が壊死する神経の病だそうです。 リハビリを重視することは共に共通していると思います。診断はMRI、治療は一般的に支持療法で行われます。  

リハビリ病院の入院生活

私は急性期病院に2ヶ月間入院した後に、リハビリ病院に6ヶ月間ほど入院しました。 (国で定められているリハビリ病院でのリハビリは、脳梗塞が3ヶ月間、脊髄梗塞は6ヶ月間と定められているそうです。) 入院当初から四六時中、腰から下肢にかけて激痛がはしり、体がまったく動かせないことに苦しむ日々。体温、血圧などの調節も大変で、起立性低血圧にも悩まされました。脊髄は中枢神経ですから、体のバランスを司るところなのでしょう。 体を”ラッコ”のように…。要するに寝たきりの姿勢で食事をとる生活が半年近く続きました。(一年以上が経過した今でも、除圧のために横になることが度々あります。)腰から下に痺れ、痛みが常にあり、入院時から今も、痛み止めの薬を常時服薬、副作用止めの薬も数多く服薬しています。 また、最近の短期入院のイメージとは少し違い、8ヶ月間の入院生活ではずっと高齢者と生活を共にしていました。入浴、食事、ベッドの中でもずっとずっと、高齢者の括りの中。 障害者といっても、幼児、児童、青年、中年、中高年者、高齢者…ざっくり分けてもこんなにもあります。私は中年のおばさん障害者ですから仕方がないのかもしれませんが、本音を話すと、高齢者の括りの中で生活を共にするのは苦痛でした…。 病院の中でも機能別とか年齢別に分けてくれるといいのではと思いました。   病院スタッフの皆様の努力が大きかったと思いますが、入院中にリハビリを続けていた結果、退院間近には、まったく働かなかった両足が、手すり台につかまりプルプルと震えながらも、自分の足で立つ事ができるようになっていました。 心身共に、何度もどん底に落とされながらも、病院の医師、療法士、看護師、お世話をしてくださる多くのスタッフの皆様の暖かな手をお借りして、少しずつ笑顔が戻ったのを思い出します。家族の大切さを細い糸でたぐるように、それにすがったことも思い出します。今もその想いは変わることはないでしょう。 障害者手帳が取得できたことを機に退院となり、自宅改築を行いながら、在宅生活が始まりました。H26年8月8日の暑い日でした。  

在宅生活

在宅生活になってからの一番の驚きは、利用できるサービスが思いのほか少ないことでした。私の暮らす地域では、中年の障害者は週に一度、一時間のリハビリを受けられることがやっとのこと。 退院後もリハビリを継続して受けられるサービスがない。立つことができても、人間として2本の足で歩いてみたいと思う気持ちを、前に進めることができない…。そんな現実を目の前にし、退院の喜びがあっという間にかき消え、不安で埋め尽くされてしまいました。 30年間子供を育てながらも細々と働き、定年までもうひと頑張りという時に、私は病に倒れてしまった。年老いた両親を介護しなければいけない時に、逆に私が倒れてしまった。そんな自分にもまた、もどかしさにも似た空しさ、不安を感じていました。 神経は一日1mmくらいしか育たないとも、神経はそもそも修復できないとも言われているそうです。 しかし、私が一年間病と戦って感じるのは、長いリハビリが少しずつ麻痺した体を復活してくれるということ。また、リハビリを行うと体の痛みも軽くなることから、リハビリの大切さを体で感じているところです。  

障害者リハビリの現状とサービスへの問題意識

現状、国ではリハビリ病院でのリハビリを発症後6ヶ月間だけと定めています。その後、身体障害者は医療保険での通院、訪問リハビリ、就労支援が主な入所となります。しかし、私にとっては定められたサービスだけでは十分な選択肢があるとは思えません。 脳梗塞の場合は特定疾病に入っていて40才~介護保険を利用できる為、多くのサービスが利用でき、リハビリも充実しています。しかし、脊髄梗塞は適応されていません。 私は介護保険該当になるまで、あと10年間待たなければなりません。その間の私のリハビリは、週一回程度の1時間の訪問リハビリだけ。すがる思いで鍼灸治療も受けており、先生も一所懸命に私を治療し励まして頂いていますが…。   地方は高齢者が多いために、障害者を対象とした、国から指定を受けた施設はかなり限定されているようです。私の住む地域では、1~2ヵ所のみ。私の伺った時では、その施設では作業療法士が一人とパートの理学療法士がたまに勤務されているとのことでした。 マンパワーが足りないという課題があり、そこでのリハビリはほとんど期待できない現実があります。また、脊髄梗塞は中枢神経の分類のために整形科でのリハビリもできず、八方塞がりな状態です。   私の10年間は歩くことはおろか、介護度が高くなっている可能性も考えられます。こんな感じでは、ますます医療費が増加するのではないでしょうか?!  

終わりに…

現在、私は家族の力も借りながら自宅でリハビリを行っています。自己流ではありますが、やらないよりはマシ。当初は手の圧力がなかったり、指先等に痺れがあったりしましたが、徐々に改善し、両手は自由に動くようになりました。 また、以前の3倍以上の時間が掛かっていますが、家族の喜ぶ顔が見たいのと、自分のリハビリを兼ねて食事の支度を少しずつ行っています。   在宅生活も徐々に落ち着いてきているので、脊髄梗塞という病気を世の中の皆様にも知っていただき、リハビリの大切さを訴えてみようと思いました。   障害者の自立にはリハビリが大切だと思います。 誰かが声を発することで、誰にも知られずに苦しんでいる同じ脊髄梗塞患者の苦しみを皆様に知っていただきたく声に出しました。   国は膨らむ医療費、福祉費を縮小しようとしています。だからあえて私は、リハビリの大切さを訴えます。 若い人ほど人生は長いことは言うまでもないことですが、若い人ほど苦しんではいないでしょうか?若い方へのリハビリを行う場が少ないように思います。もっと若い方へ積極的にリハビリを行うことで、より良い自立が期待できると思います。 リハビリの質、内容も大きな括りではなく、年齢や体、目的に合ったリハビリが受けられたなら、よりその方の人生は明るく広がりが期待できると思うのです。   私個人のことを申せば、脊髄梗塞にも脳梗塞と同じように、特定疾病か難病対応に加えていただけたら、多くのサービスが利用でき、継続したリハビリが受けられたと思うのです。珍しい病気だからか、世間からはあまり知られていませんが、どうか私たち脊髄梗塞患者の苦しみを少しでも知っていただき、その人らしい人生が送れるようにして頂きたく思います。   ともすると、私の申すことは障害者のリハビリは障害者自立就労支援を利用すればよいのではないか…と思われるかもしれません。 私もこの支援に着目していました。しかし、自由な選択ができないようで、入所して支援を受けることにも抵抗がありました。 自立には就労して生活していくことが必要です。「残存機能を生した、今の体で出来る仕事を身に付けよう!」「過去の自分に戻るのではなく、未来の自分を探そう!」確かにその通りではありますが、私のように   “歩けないけど、歩きたい!”   そんな夢を、障害者は持ってはいけないのでしょうか? 未来には自由があって、自由な発想があってこそ未来の自分ではないのかなと思います。   可能性を信じて、自宅でリハビリを続けています。家族のみんなが、周りのスタッフの皆様が、「諦めないで!」と声をかけて下さいます。   “障害の有無にかかわらず、命は皆が等しく尊いもの”   人間らしく、自由に楽しく生活したいと思うのです。   ノーマライゼーション!   だれもが等しく、人間らしく生活を。その精神を呼びかけていきましょう!! 写真 2015-02-20 14 34 36 写真 2015-02-20 14 34 32 写真 2015-02-20 14 36 35 写真 2015-02-20 14 38 42 写真 2015-02-20 14 39 28

追伸

世の中には、もっと大変な病気で苦しんでいらっしゃる方もおられるでしょう。 まだ病気一年目だからとお声を掛けて下さる方もおられます。しかし私にとってのこの一年間は、今まで生きてきた53年間にも似た重みを感じます。   脊髄梗塞という病気を知って頂き、リハビリの継続を希望することを伝えたいと思う事もありましたが、生意気にも”式"めいた文を記す事に致しました。ケジメをつけないと、この先、短命にしろ長命にしろ、重たい人生が、私と家族に待っているであろうと思うとペンをとらずにはいられませんでした。   私は幸運にも主治医、多くの医師、看護師、療法士、相談員、お世話をして下さった多くのスタッフの方々のお力で、今の生活があります。職場には今もなお、大変なご迷惑をおかけしております。 心よりお詫びと、感謝を申し上げます。 近隣の方々、友人からの暖かい励ましも頂きました。 心より感謝申し上げます。   家族の深い愛情、今もなお続く私の車椅子生活への苦悩、家族や私自身の葛藤もあります。母の認知症も、結果的に進んでしまっています。 それでも、これからも皆様のお力をお借りしつつ、家族皆で今の生活を守ってまいります。この場をお借りしまして、心からのお礼を申し上げます。これからの生活も、どうぞよろしくお願い申し上げます。   ご傾読、ありがとうございました。乱筆、乱文をお詫びします。

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