ひろろーぐ

小さな山村で暮らしながら、地域社会、民俗、狩猟、採集について考察・再定義するブログ

【幻の塩の道を訪ねて…調査編①】つい数十年前まで、ムラとムラは山で繋がっていた。大鳥と山熊田を繋ぐ、二ノ俣峠への道を探しにいったけど、見つけられなかった。

2016/12/08

ども、田口(@tagu_h1114_18)です。

以前、"山熊田へ行ってきました"という記事を書きました。

参考:【前編】幻の塩の道を訪ねて…。大鳥-山熊田をつなぐ山、二の俣峠に行ってきた。|ひろろーぐ

【後編】幻の塩の道を訪ねて…。大鳥-山熊田をつなぐ山、二の俣峠に行ってきた。|ひろろーぐ

 

大鳥(山形県鶴岡市)と山熊田(やまくまだ:新潟県村上市)は以前、山の道で繋がっていました。

昭和後半頃までは、婚姻や神社参拝、パルプの木出しなどで頻繁に使われていた山の道。

集落の共同作業で山の道をみんなで芝刈りをしていたらしい。そのくらい皆が山の道を使って炭焼きをしたり狩猟・採集をしたり、山熊田まで行き来をしたいた。

ナタとかノコとか草刈り釜だけで藪を切り開き、道を作っていたというのだからスゴイです。もちろん車なんぞ通れません。徒歩です。今風に言えばトレッキングです。

昨年に山熊田の存在を知ってから、その山の道を通って山熊田へ行きたいなぁ~とずっと思っていました。

そして先日、地元の人達と一緒に動き出した。

幻の道、復活への第一歩です。

 

山熊田までの道のり

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大鳥が右の赤枠で、山熊田は左の赤枠。真ん中の白い線が手書きですが、県境です。

左上にちらっと見える青いのが日本海ですね。

大鳥 山熊田地図 川・二の俣峠入り

地図で言えばこんな感じの位置関係。オレンジの線が山の道で、今回は県境あたりにあるのが二ノ俣(にのまた)峠。今回は県境までを目指します。

 

二ノ俣峠に向けて出発。

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大鳥地域の松ヶ崎集落というところから山に入ります。

足元にはザラメ雪が残る。スパイクつきの長靴で歩みを進めて行きます。

ちょうど熊の有害捕獲の時期に入ったこともあって、みんな鉄砲を背負っていきました。

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一時間ほど歩くと、一つ目の峰にたどり着きます。

遠くからみると通り道の峰がクビレているように見える事から、大鳥の人はこの場所をクビレと呼んでいる。

ここから檜原林道へ降り、二ノ俣沢をのぼって二ノ俣峠へと向かいます。

 

上りは時間が掛かるけど、下りは楽ちん。

危なげもなく杉林を抜けて檜原林道に下りると、川沿いの平坦な道にでました。

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この辺が檜原林道。林道というだけあって、林業をするために山間に作られた道です。

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二俣沢に差し掛かる橋の上で一休み。

山道を地図で確認しながら、足を休めます。川には雪解け水が流れ込み、ゴーゴーと音を立てる。勢いがスゴイ。

「昔はこの橋から飛び降りてよく遊んだものだ…」地域の人が懐かし気に語ってくれた。

「それに、学校の遠足で鍋釜を背負って、材料を背負って檜原川近くで芋煮会もしたんだよ。」車もろくに持てない時代は、遊ぶ場所も徒歩圏内。空が、遠く日本の裏側までつながっているだなんて、想像もできなかっただろう。

だけど、身の回りのもので満たしていく。というのも、どこにでもいけるようになった現代だからこそ味わえる贅沢かもしれませんね。

近い将来、檜原川で芋煮会やりたいです。

 

ここからはゆったりとした登り道。

川を右手に見ながらひたすらに川上へ向かって歩いていきます。

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途中、川にかかったブリッジ(雪でできた橋)がありました。これだけ厚みがあれば、人も普通に渡れます。「なんでここだけ雪が残っているの?」と思いたくなるが、川を越えなくてよいので有り難く渡らせていただく。大鳥ではブリッジのことを”ツックイ”というそうです。また一つ、勉強になりました。

 

川の水源地近くまでいってしまうと滝になるから、上ることが出来ないと、途中の山を上ることにした。

パルプの木出しをしているころに、重機で山を切り開いていたそうで、その道をたどって歩いて行く。いくら残雪があるといっても、道があるところと道がないところでは、断然道があるとこのほうが歩きやすい。

 

地域の人に話を聞くと、以前は林野庁が独立財源で林業をしていたそうだが、その頃に重機で切り開かれた道だそうだ。森にワイヤーを張り巡らせて木を運ぶやり方もあったそうだが、いかんせん重機で切り開くより金が掛かるらしく、利益を優先して山を崩し、道を切り開いて木を運んでいたそうだ。しかし、そのことが誰かの投稿でマスメディアに広がって大問題になったらしく、以来パルプの木出しも衰退していったのだとか。

重機で開かれた山道は、土砂崩れなどで多少歩きづらくなっていたが、藪だらけの尾根を歩くよりはよっぽど楽だった。

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二俣峠の中腹から檜原林道周辺を撮影。

俯瞰してみると、杉が結構植えられていることが目に見えてわかる。日本全国どこでもそうだけど、木材がまだまだ売れた50年前頃まででは、集落回りにバンバンと杉が植えられたんだってね。

 

途中から、昔の山の道であっただろう場所に戻ると、木に文字が刻まれている。

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「↓ノボリ」と書いている。この道を上って山熊田に行ったのか?

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昼11時半。二俣峠の頂上が見える。昨年の秋には僕も頂上から檜原を見下ろしていた。

もう少しで県境…。

気分が高揚してたけど、頂上まではあと1時間はかかりそう。

暗くなる前に集落に戻ると決めていた一行は、この場所でお昼を食べて、引き返すことにした。

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「弁当を食べようか」と言いながらも、熊探しに余念がない

クラ(猟場)までの距離も目視だけど100~200mなので、動けば目視で確認できそうな距離。

見つければ鉄砲かついで走り出すのだろうが、この日はあいにく見当たらなかった。

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手弁当を食べ、周辺を散策していると、またしても木に文字が。

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『二十年 久七ゼンマイトリ』と刻まれた木。

久七(きゅうしち)さんというのは大鳥出身の方で、現在も大鳥に住む方の親の名前。この時代の20年という書き方は、たいてい昭和を意味するので、1945年。ちょうど終戦の年ですね。ゼンマイ採りだから、5月下旬~6月上旬頃に刻まれたと推測できる。久七さんはその頃、30代くらい。現在も生きていれば100歳を超える年齢だそうだ。何十年、何百年も生き続ける木だからこそ、出来ることですね。時代を超えるお手紙みたい。

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こちらはなんて書いてあるかよくわからない。

 

帰りがけは、本来の山の道と思われる尾根沿いを降りながら道がわかるように木に印をつけていく。

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ザラメ雪なので杖で適度にブレーキを聞かせながら斜面を滑り降ります。

この辺はさすが山人。30度はありそうな急な斜面も物怖じせずに滑り降りて行きます。

滑落経験がある僕も、先人が滑り降りていくのをみて、後に続きました。

 

生まれたころから山に囲まれた暮らしをしていた大鳥の人はさすがで、跳ね返りが弱い雪の上でも足を取られることなくズンズンと歩いて行きます。

 

僕はというと、今期は冬中にほとんど狩りに行っていなかったこともあって、股関節を痛めていました。足はちゃんと鍛えておかなきゃですね。

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大鳥がまた見えてきた。西日を背に、大鳥を眺めるのは見え方が違いますね。

山を越え、村が見えてくると、なんとも言えない安心感がある。

再び、杖を使いながら残雪の上を滑りながら大鳥まで戻っていきました。

 

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今回の行程。GPSアプリで測定していました。片道6.24kmでした。直線距離だと山熊田まで8.6kmしかないのに、やっぱり山道はそうはいきませんね。

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これは左側の青線が山熊田~二ノ俣峠頂上までの道のりのGPSログ。

右側の青線が今回の大鳥~二ノ俣峠中腹までのGPSログ。

もうちょっとで繋がる…!

 

この山道を使って山熊田まで行きたい。

山熊田までは車で行っても2時間半。歩いていっても2時間半。

同じ時間であれば、山道で行きたい。

 

雪が解けたら、山道をつけに、再び山に入ります。

 

※2016/12/07 2回目の調査に入った時の記事を更新しました。

【幻の塩の道を訪ねて…調査編②】大鳥―山熊田をつなぐ山道、二ノ俣沢~ニノ俣峠(山形-新潟の県境)までの道を見つけてきたよ!|ひろろーぐ

 

最後に、超絶便利で僕が愛用しているGPSログアプリのリンクを貼っておきますね。

 

登山する人はもちろん、山で仕事する人はダウンロードして絶対に損ないです。

 

せば、またの。

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