ひろろーぐ

小さな山村で暮らしながら、地域社会、民俗、狩猟、採集について考察・再定義するブログ

田舎に住んでいて、唯一不便だと感じること

2014/06/07

僕が住んでいるところは新潟県にほど近い、山形県の山奥なのです。

都会ではそこら中にあったコンビニやスーパーは車で30分走らないとありません。

居酒屋やカラオケなんかも勿論ありません。


初めてきたときの印象は『この集落は商店が2件、旅館が2件。』

以上。


でも、食料はある程度買い溜めすればいい話。

居酒屋は車じゃなきゃ行けない距離にがあるから制限はあるけど行けなくはないし、カラオケだってある。

だからこれと言って不便なことは感じていません。

でも、最近感じてきた、都会に比べて唯一不便だな~って思うことが、本屋の充実度です。

僕は本を読むのが好きで、関東にいる頃はしょっちゅう本屋に行っていました。


山形にきても本が好きなのは変わらないので今までに5件以上の本屋を見てきましたが、置いてある本の数も種類も、都会に比べて圧倒的に少ない…

置いてあるのはベストセラーとか、メジャーな雑誌、ヒットしているマンガばかり…


正直ガッカリでした…


並べたら売れる本だから置いてあるんでしょうけど、「それじゃあ本屋さんの意味ないよね」って思ってしまいます。


僕にとって本屋さんは、興味ある分野に限らず、自分の考えや人生に広がりや深みを持たせてくれるチャンスを提供する場所

どういうことかというと、沢山の本が並んでいる中で、自分が興味あるコーナーにいって見てみると「あれ?こんな本があるんだ。こういう視点で書いている本があるんだ。興味無かったけど、面白そうな本があるな…」というセレンディピティ―的な発見があるのが本屋にとって凄く大事な役割だと思うんです。


つまり、買いたい本がこれ!って決まってないから本屋に行くんです。


買いたい本が決まっているのに片道1時間もかけて本屋に行くくらいならアマゾンで買った方がよっぽどマシですよね。


本屋で自分の好奇心を駆り立ててくれる本に巡り合うことが凄く楽しいのであって、そもそも選択肢が少なければ自分のピンとくる本を選べる可能性が少ないってこと。


以前、池上彰がテレビで「本屋が充実していて、そこに人が沢山集まっている国は発展する」と言っていたのですが、それは確かに…と思います。


フィリピンで語学留学をしていた頃、大型ショッピングモールの中にある本屋に良く行っていたのですが、店舗もめちゃめちゃ大きいし本の数がとにかく多かった。同じショッピングモールの中に本屋が2つも3つもあるし、どこも賑わっていました。

第二母国語を英語としているフィリピンは、世界のコールセンターとして発展しているし、今は格安語学留学先として特に日本・韓国・中国から注目されています。


本は過去・現在の知識や考え方を集約したもの。

過去の人・今生きている人が考えに考え抜いて実践してきたことを一冊の本にまとめてくれているので、自分が何かをやろうとした時に参考になるに決まってますよね。


だから、フィリピンはまだまだ発展していくんだろうな~って勝手に思っています。


今は、インターネットの発展でいつでも情報が手に入るし本だって安く買える。

電子書籍が出てきて、無尽蔵にあった本が整理できるし、凄く便利な世の中になった。

自分自身もそのサービスを受けているからこそ、田舎でもやっていけているのだと思います。


でも、本屋は絶対に無くしちゃいけないものだし、無くならないものだと思う。


それは、本屋でしか出会えなかった本がいくつもあって、その中の何冊かは出会えて良かったと思える本だったからです。


地方の本屋さんも採算取らなきゃいけないから売れ筋を並べるのはわかるんですが、もっと沢山の本を並べて欲しいなぁ~って切実に思います…

-雑記