ひろろーぐ

小さな山村で暮らしながら、地域社会、民俗、狩猟、採集について考察・再定義するブログ

私の脊髄梗塞日記 ~下半身不随で在宅生活を余儀なくされてから一年半。私なりに見つけた身の丈な暮らし~ (4/5)

2017/06/17

この記事は、私の脊髄梗塞日記 ~下半身不随で在宅生活を余儀なくされてから一年半。私なりに見つけた身の丈な暮らし~ (3/5)の続きの記事となります。


○5/27
定期通院日、本日は役所より障害者手帳の再申請依頼の通知があり、主治医に申請の手続きをお願いすることになりました。初めての手続きから一年後の見直しを…等々、次々といろんな手続きを行いました。支援して頂かないと生活が出来ない身ではありますが、その手続きを行うことですら、我が身ではままなりません。初夏の活気づいた季節とは裏腹に、家の中でくすぶるだけの私でした。
車椅子の目線では窓の外のツツジの花さえも見えにくいし、それよりも言葉少なくなった淋しそうな父の姿。「最近は暑い日が続くなー。」母の夏服を用意してやらないと…。

○6/6
ウツウツした日々と蒸し暑い日が続いています。週3回、入浴介助をヘルパーさんの訪問を利用して行っておりましたが、暑くて我慢できず。相談員さんに話しをし、週4回の訪問をお願いする事になりました。自立支援を受けている私は、相談員を通して市役所の支援枠の許可を得ないとサービスを増やせません。ここも介護サービスとの違うところかもしれません。介護度で上下、枠がある程度初めから決められているのではなく、使うサービス時間等を役所から許可を得る形というのでしょうか?!
表現しづらいのですが、障害者といえどもあくまでも自立を前提としたサービスと考えれば理解出来ますが、自立に必要な最低限度のサービスです。
このサービス内容も財政難・人員不足により年々厳しくなっているようですが、サービスすら利用できずにいる方もおられるやも知れませんね。私は外に出る機会が少ないせいでしょうか、入浴中のヘルパーさんとのお話が楽しみになっております。しかし家族にとって外の方が家に入り込むことのストレスが心配。家族、スタッフさんに感謝ですね。

○6/22
この頃はだいぶ体力が付いてきたと思います。冬を乗り越え初夏、夏物の衣類を求めたいと思い、夫の休日を利用して大型店へ出かけました。人の目もだいぶ気にならなくなっており、障害者トイレが充実していることで、時間を(尿意)気にせずに買い物が出来ることは嬉しいことです。しかし、広すぎて品物を見つけるのにフゥフゥします。それに車椅子からだと目線が下から見上げるため、品物がますます見つけづらい。品物に手が届かないこともまた、苦労しました。それでもほぼ一年ぶりにたくさん買い物ができて満足感を得ました。何と言っても、母の夏物が買えたことは嬉しかったです。

○7/3
今年は空梅雨のよう、今日もお天気です。私の住む地域には障害者指定施設が少なく(高齢者施設は多い)わざわざ車で一時間以上かけて我が家に相談にきてくださいました。
施設の職員3名、相談員と私、計5名がむさくるしい台所に集合し、お話しました。”いざという時の利用を”と思い、契約だけでもと思ったのですが、夫が大反対!施設に対して違和感を持っているようです。
災害の多い昨今、私が思うにこれからは施設も地域に開かれ協力しあう社会環境を造る必要があると思うのですが。遠いところからお越し願いながら契約は出来なく失礼する旨を、相談員の方を通しお伝えすることになりました。という具合に、毎度お騒がせしていろいろチャレンジを試みては失敗を繰り返しております。

○7/8
この頃の私は自分に言い聞かせておりました。「体は痛くて普通、動かぬ足の代わりに車椅子がある」と。でもモヤモヤした気分を変えたいと息子に送り迎えを頼み美容室へ。そんな我がままをものともせずに息子二人は家の大掃除です。「本当にありがとう。」どうにかこうにか生活ができていることに感謝です。

○7/11
今日は夫の兄姉と94才になる夫の母親その孫、ヒコ、大勢で近くの温泉に遊びに来て下さいました。一族が集い、笑って飲んで食べて。それは賑やかでした。
しかしバリアフリーのお宿を…とお願いしていたのですが、バリアフリーとはいろんな考え方、見方があるようで、私の力ではバリアが多すぎて泊まる事は出来そうにありませんでした。
息子に背負ってもらいおトイレへ・・・皆さんにも気の毒と思いつつ、息子に送ってもらい自宅に帰りました。「バァーちゃんこれからもお元気で、先に失礼してごめんなさい。」高齢の義母、久しぶりに会えたのに何も出来ない我が身が申し訳なくて…。この日お宿で見た海に沈む夕陽の美しいこと!一生忘れないと思います。

○7/15
私の体は天気予報のごとく、お天気の変わり目、特に荒れる前日は、体中が痛くて重い。じーんとした痛み、シビレが足の先から胃の近くまで上ってきて、ムカムカしてくるのが常。明日は台風が来そうです。気圧の変動に敏感な体らしく、あきれてしまうほど。早く台風が通り過ぎて下さい。何事もなく、早く早く…。

○7/17
海の日ですが、台風の影響が残る小雨です。気分が沈んでいたときに友人が遊びにいらして下さいました。二人でちょっと外でランチを!なんてことも以前のようには出来ません。そのため、友人はわざわざ私の家に足を運んでくれます。家の中でも私の車椅子で動ける台所がお茶のテーブルになります。「いつも申し訳ないけど楽しいヨ。また来てね」そんな時間はアッという間に過ぎるものですね。本当にありがとうございます。

○7/27
梅雨が明け、猛烈に暑い!眠れない夜、夫が2~3人の方に送られてお酒の席からご帰還です。夫が深酒の末に転んで右膝を擦りむいたらしく。最近の夫の姿を思い返しても深酒が多いように思う。体は還暦でガタがきていそう、家族(障害者を持つ私達)を背負う負担もずっしり!「どうか体をいたわって…。ごめん、私が言うのもなんだけど。」

○7/30
相談員が私の厚生障害年金の手続きの事でみえています。夫は今までに幾度となく役所へ足を運んでいますが、書面の不備を何度も指摘されていました。書類が整い申請するまでの長かったことか!
さらに申請から三ヶ月ほど要するのが通常らしく、手続きって本当に大変です。夫がヘトヘトになりながら、仕事の合間に動いている姿を、私は家の中で応援するしか脳がない。情けない自分が歯がゆくてしかたないのですが。

○8/7
年金の申請であくせくしている中、障害者手帳の再申請の依頼が役所から送られてきました。病院の主治医にお願いして再検査を行ってもらい、申請した結果が届きました。等級が改善され、二級になってきました。一年間リハビリを頑張った成果でしょうか。しかし、相変わらず腕力で立ち、ちょっと膝を曲げる事が出来るだけで、『車椅子が私の足』という現実は何も変わりませんでした。

○8/11
最近の台風は到来が早く、もう13号、14号というスピード。そして大型化して被害が大きいですね。私の体は特に台風に敏感で不思議と体調が悪くなります。足の痛みに、車酔いのような何とも言えない気分の悪さがあります。時には耳がボーっとしてきてフラフラする感じもあります。食事を摂らないと薬が飲めないのに、今日はベッドで休んでいる始末。
嫌な事は重なるもので、やっとのことで申請した年金の申請に不備が見つかり、また仕切り直しです。夫が「まいったな〜」とシンドそうです。こんな風にいろんな申請を代わりに行う夫。「ごめん、ありがとう」と。この頃からでしょうか。夫は仕事から帰ると一度ベッドで休みます。そして一息ついた誰もいない台所で遅い夜食を。いや一人晩酌をするようになりました。『陽気な人だったのに…。』一人背中を丸くして飲むお酒、量が増えたのが気がかりだけども…。

○8/15
お盆ということもあり、姪が結婚の報告がてら二人で顔を見せに来て下さりました。「なんと嬉しい事!おめでとうございます。」来年には新しい家族も増えるとのこと。喜び2倍です!
今夜はパァーっと花火を見に行こうか。と、景気よく出かけてみたのですが、秋風を思わせる涼しい風も吹く夜です。美しい花火と夏の終わりを知らせる爆音を風が運んでいきます。

○8/21
病気を発症してからおよそ1年6ヶ月の間、会社には2度しか顔を出せないまま、これが最後となります。私の使用していたロッカーの中には荷物が押し込まれたままでしたが、『あー、やっと整理が出来る。』
申し訳ない思いのまま2階のロッカー室から荷物をなんとか取り出せました。子育て中もずっと外で働き通しでしたが、8月24日付けで私は退職する運びとなりました。
『長い間大変お世話になりました、心より感謝を申し上げます。皆様のご健康とよりいっそうのご活躍を願っております。本当にありがとうございました。』最後に職員のみなさんと写真を撮って頂き会社を後にすることに。小雨が降りだした中、グズグズしている私の車椅子を優しく押して車に乗せてくれた夫。長い間通い慣れた道のりを、遠い日のように眺めて帰ったのを忘れられません。これからは54才にて専業主婦入門です。「私に主婦がこなせるでしょうか?!」不安もありますが、やっと”けじめ”がつきました。

○8/25
本日より、私は夫の扶養となり、国民保険に変わりました。今日は定期通院日ですが、この日に間に合うように夫が役所へ出向き、なんとか保険証を作ってくれました。「いつも本当にありがとう。」
しかし、この日は台風がきているせいであいにくの悪天候ですが頑張って病院へ。体中がギシギシしております、そんな日でも待合室は患者さんでいっぱい。じーっと名前を呼ばれるのを待ちます。年配の方が多いようですが、私の車椅子姿はこの中でも目につきやすい感じです。でも同じ病気と闘う仲間ですから。

○8/28
父の兄、叔父さまが亡くなりました。ご自宅にお別れの水あげに参りたいのですが、車椅子のまま上がることはご迷惑をかけ失礼になるだけと思い、断念しました。両足が動かない事がこんなに不自由で辛い事とは…。
3日後のご葬儀には、参列の皆様が見えられぬ早い時間に手を合わせてくる事が叶いましたが、お世話になりながら何もお手伝い出来ずに。『御冥福をお祈りします。』とてもお優しい方で悲しいです。父の周りがまた寂しくなっていきます。それなのに私の分も高齢の父がいろいろと勤めている姿に頭が下がります。

○9/9
辛いことが続きます。本日は母の施設入所日となりました。母は私の姿を見ると興奮することが多く、施設入所のための衣類等の整理には、孫の長男が立ち会いました。「バァーちゃんごめん、私が至らないばかりに、ごめん、ごめん…。」何度も何度も心の中で詫びながら、母の穏やかな生活を祈るしかありませんでした。その日は奇しくもまた、台風(18号)が発生したよう。体中が痛くて胃の辺りがムカムカ、休んでおりました。父は無言のまま帰宅、家の中が黙りです。『あした天気にな〜れ!』と願うばかりです。

○9/14
重い空気のせいか、体調不調が一週間ほど続いております。限界で、息子の付き添いにより病院救急受診となりました。微熱も続き37度台、寒気、ムカつきと、とにかく気分が悪い。尿、血液検査の後、点滴を受け様子をみます。疲れがたまったのかもしれないが、胃カメラの検査を受けるようにとドクターの指示もありました。季節は寒くなる一方、体がついて行けません。筋肉の落ちた動かぬ足は、熱を興すわけもなく手足が青白い。細く血流の悪い体、なんとかしたいと思うけど家族に心配をかけてしまう。「なさけなや。」とにかく何とか元気にならないと…。

○9/25
先日予約をしていた胃カメラによる検査日です。この日は不思議と体調が良く、検査もスムーズでした。検査の結果、胃の中に小さなポリープとただれが見られるがさほど心配はいらぬとのことでひと安心。「今日はお天気です。」

○10/2
“一難去ってまた一難”とはこのことを言うのでしょうか?足が不自由な私は1日の中で車椅子に座っているか、ベッドで休んでいるしかありません。座ってみるとわかるのですが、車椅子は移動が目的ということもあり、座面が硬くてすぐお尻が痛くなります。それに私の場合は脊髄の神経を痛めているためにいつも腰から足先までシビレ、痛みがあります。そのため、車椅子のクッションには”ロホクッション”という空気の袋を一杯敷きつめたようなクッションを使用しておりました。その空気の袋、風船のような物に小さな穴があいて空気が漏れているようです。すぐに福祉用品店に連絡し修理をお願いしました。修理の間は福祉用品店の方で代替品を無料で貸して下さることに。大変助かりました。その後もこんなトラブルがよくありましたが、いつも福祉用品店側のスタッフさんの丁寧な対応で、舗装具という難しい用具でありながらも生活が成り立ち、感謝しております。

○10/11
家族みんなの心にもようやく余裕が出てきたようです。日曜のお天気を利用して、夫が「昼飯外で食べよう!」と声をかけ、ドライブをかねて海の見えるドライブインに。海鮮定食お腹を満たしてきました。外食は実に1年ぶりとなりましたが、夫が事前に(私が入れるトイレがあるか、車椅子で入れるお店か)下見をして準備したと後で知りましたが、気持ちの良い1日でした。”外に車を乗って出掛ける。”
自分で車を運転して自由に外に出られたらステキだろうな!という想いが湧くのですが、これ以上家族に散財をかけてまでは…。とその思いを飲み込むことに。「楽しかったよ、ありがとうね」


私の脊髄梗塞日記 ~下半身不随で在宅生活を余儀なくされてから一年半。私なりに見つけた身の丈な暮らし~ (5/5)へと続きます。

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