ひろろーぐ

小さな山村で暮らしながら、地域社会、民俗、狩猟、採集について考察・再定義するブログ

私の脊髄梗塞日記 ~下半身不随で在宅生活を余儀なくされてから一年半。私なりに見つけた身の丈な暮らし~ (5/5)

この記事は、私の脊髄梗塞日記 ~下半身不随で在宅生活を余儀なくされてから一年半。私なりに見つけた身の丈な暮らし~ (4/5)の続きの記事となります。


○10/20
穏やかな昼下がり、友人が遊びにいらして下さいました。例のむさ苦しい台所でお茶を飲みながらたわいのないお話を。こんな時間はアッという間。私も自由に外に出られたら良いのに…と思いつつ、帰る友人を見送るのですが、こうして穏やかに生活を送れる幸せを有りがたいと思おう!と。

○10/23
この日の北海道は大雪。そんな日に母方の叔母様がこの世を去ることに、父母はさぞ寂しく思ったことでしょう。私はまたもや何も出来ず。そっと手を合わせるしかありませんでした。
『生前は大変お世話になりお礼申し上げ御冥福をお祈りします』何も出来ない悔しさがバネになったようで、この日はブログ第4弾の原稿の修正をお願いするために郵送しました。
「いつも誠実なお仕事で助かっております。これからもよろしくお願いします。」と彼に託します。(編集の打合せや練り直し等は後日、修正した文書を郵送したり、メールのやり取りで行います。)私の思いが少しでも多くの人々に届くことを願っております。

○11/12
人は何か人のために役に立つことを嬉しいと思うのでしょうね。この頃の日記には、その日作った料理のメニューがメモにしてありました。本日は赤と黄色のパプリカに肉を詰め、オーブンで焼いたらイタリア風の肉詰め出来上がりですよ。
午前の半日近くかかりますが、一人で家族の昼食、夕食の準備ができるようになりました。時には息子のお弁当も少しずつ作っておりますが(おにぎりの作り方がユニークです。)

<おにぎりの握り方>
①皿の上にサランラップを拭く ②海苔を敷く ③ご飯をのせる ④ふりかけや具材を入れる ⑤ご飯の上に海苔をかぶせる ⑥それを軽くラップで包むように握って出来上がり

<おひたしの作り方>
①硬い茎の部分と葉の部分に切り分ける ②鍋に硬い茎がひたるくらいの水を張り、火にかける ③軽く沸騰したら葉の部分を鍋に入れる ④塩をひとつまみ入れ、火が通ったらザルにあけ、水を流してあら熱を取る
⑤湯がいた葉を切りそろえ、水切りにする ⑥調味料を加えたら完成(※②部分が普通とちがう!水のうちから硬い茎の部分を入れてしまう)

どうしてこんなヘンテコな作業をするの?!疑問ですよね。車椅子生活の私は、動くときに車椅子のハンドリングを回します。その際、両手が使えない時や、手が食材(ご飯等)で濡れたり、ペタペタするとハンドリングを操作するのに不便です。
また、座った位置からだとお湯の入った重い鍋類を移動させる事が危険です。だから少量の水分で料理を作ったり、なるべく手を濡らさないで作業を行うために、少しずつ自己流の調理手順ができてきたようです。
そこで困ったのが”麺をゆがく”こと。これは私一人で作業が無理だと気づきました。大量のお湯を片手で持ちもう片手はハンドリングを回して移動し水切りを!物理的にも無理みたいです。でもパスタ2、3人分くらいなら何とか。

<パスタの作り方>
① フライパンに水をはる ②パスタ+塩少々+オリーブ油少量を入れる ③500mlカップに水500mlを用意 ④お湯がグツグツ泡立ったら、箸でこまめに混ぜながらパスタをゆがく ⑤パスタが水分をどんどん吸い込むので、用意した500mlカップの水を少しずつ差し湯しながらパスタが鍋底に張り付かないようにかき混ぜる ⑥パスタが少し硬いな〜ぐらいで水分も飛ばし、一度火を止める
⑦そこにお好みの調味料、具材を入れ混ぜて軽く火にかけパスタの完成!  (フライパン1つでパスタもどきができるよ!)

お話が変わりますがお掃除も少し出来るようになりました。クイックルペーパーを右手に、左手で車椅子のハンドリングを回して移動。簡単掃除もできますよ〜!気持ちはスーパー主婦をめざしているつもりです。

○11/18
今朝は大失敗をやらかしてしましました。朝食の時、ぼーっとしていたせいでうっかりみそ汁をこぼしてしまいました。スーと、そしてジワジワと、あっという間に汁が上から下に流れて行きます。車椅子に座っているとその汁を座面で受け取り、そして床にまでポタポタと…。「あーグシャグシャ!いやだー。」たった一杯のみそ汁で全身が見事に汚れてしまう。救急で入院した当時、トイレで排泄を行う事ができずにオムツをつけていて、その時にやむを得ずつけた時の汚れる感じに似ているなー!夫にクッションと、車椅子を洗ってもらい、全身の衣類を泣きたいような気持ちで着替えました。『あー、おトイレに行ける体になれたことを心から感謝しよう』

○11/24
今日は週一回の訪問看護さんの利用日。最初は体調管理が目的でしたが、最近では体力がついてきたので機能訓練も行っております。初めに氷のように冷たい足の血の巡りを良くする意味もあり、足湯を行ってもらいます。
少し足がポッ!と、シビレ痛みが楽になったような。次に、感覚のない足首から指先の運動です。ボールを足の平で転がす運動を看護師さんの助けをかりてコロコロと転がします。なかなか上手にできませんが、ボール遊びを行っているうちに不思議と両足がポカポカと暖かくなり、動きが少し良くなった感じがします。こんな様子で一日一時間、訪問の方が見えることで、毎日の生活を保っていると言っても過言ではありませんでした。明日はヘルパーさんの訪問です。週末にはリハビリさんの訪問があります。「ほんとうにありがとうございます」

○11/25
今日は定期通院日です。冷たい小雨が降る日、体はギシギシするし少し風邪気味でシンドイです。車椅子は両手でハンドリングを回す動作が必要なため、雨の日の外出が大変です。
夫が持つ傘の下でシカメ顔の私。夫が「笑え!」と背後から声をかけます。夫は毎回、半日を有す通院介助をいやな顔もせずに付き添ってくれています。「ありがとう。」
昼過ぎに家を出たにもかかわらず、帰る時には薄暗くなっています。薬は、薬局に処方箋を置いてきて、後で自宅に配達してもらうサービスを利用しております。この薬局のサービスには本当に感謝です。
今夜も夕食をとっている所に薬を配達して下さいました。「遅くまでのお仕事お疲れ様でございます。」
日を同じにして、修正をかさね作成した第4弾ブログ『あした天気にな〜れ!』が発信されました。
いつも丁寧なお仕事には感謝しております「Tさんありがとうございます、心が救われるような気がします。」この頃より彼が発信しているブログを拝見するのも楽しみになりました。

○12/2
前にも記したように、在宅中心の生活でも意外と予定があれやこれやとあるようです。今日は鍼灸マッサージの診療。最初は何をされるのかとドキドキしていたようですが、今は『あー、ホッとする。』心地良い45分間の診療です。
最後に、先生の声がけで足のクッシン運動と、赤ちゃんのようにハイハイをベッド上で行い、ちょっとだけ立ち上がりの練習もチャレンジしてみます。先生は優しさと厳しさを知る、年上のステキな女性だと思います。
ほとんどが腕力で立つのですが、力が弱い右膝もこの時は頑張ってくれるようです。「ありがとうございます。先生はどことなく母に似ている気がします。」次回の予約をお願いして、夫が車で送って行きました。

○12/5
昨日は大雨と暴風が吹き窓をバチバチ、ザワザワと!私の体も大変でした、体中がギシギシ、足がビリビリ、ズキズキと痛みます。そして吐き気までも…。
でも今朝はお天気。「あー良かった。」というのも今日は、病気発症2年目の私だけの記念日のような。『生きていることが、変ですが不思議な感じで、長いような短いような何とも言えない感じがします。』
多くの人々の支援を受けてここまで来れたのですから、皆様に感謝で一杯です。これからもよろしくお願いします。

○12/20
私は本当に多くの方々の支えを受けております。雪が降ってもおかしくない寒い雨の中、以前からお世話になっている東北脊髄損傷会の役員をなさっている方が悪天候も物ともせぬパワーで、自家用車を運転して我が家にいらして下さったのです。
『障害を持ちながらも障害者の力になりたい』と活躍されておられる姿はいつも驚かされますが、今日は私の生活を心配してくださりお話にいらっしゃったとか。「ありがとうございます。良いお年を…。」もうそんな季節です。
偶然、同じ日に懐かしい従兄弟も私を心配して電話を頂きました。そして脊髄専門医の紹介と外に出る機会が増えることを願い、どうしても車椅子を贈りたいとのお話がありました。『ビックリ!』皆さんに心配ばかりおかけして有りがたくて…。けれど、何も先に進められない自分がどうも…はがゆい。皆様の暖かい思いに答えられないでいる自分があり、探しあぐれています。障害者2年目に突入したというのに。

○12/25
みぞれの降る寒いクリスマス、私へのサンタさんに、訪問リハビリのお姉さんが見えて下さいました。週一回、1時間の訪問時に、先日の従兄弟から車椅子のプレゼントについて相談にのっていただきました。
乗りこなすのは中々難しそうですが、赤い車椅子に決めようと思います。おじさんの思いを運ぶ、赤い車椅子が私の元にクリスマスプレゼントして贈られてきましたが、市販の車椅子を乗りこなすことがナカナカ…難しい感じですが、『暖かい思いが一杯です。ありがとうございます。おじさんも体に気をつけて下さいね。メリークリスマス』

○12/31
いよいよ大晦日。2015年が終わろうとしています。夫がそば屋さんに注文してくれた年越し蕎麦と、私が作った鱈の吸い物、里芋と高野豆腐を炊いた煮物、ゼンマイという山菜の乾物を戻し炒めた物を食しながら年を越します。やっと、やっと今年一年を終えられることを有りがたいと思います。それにしても母の姿がない年は始めて。「今頃どうしているのだろうかな〜」と…。
父に何も言葉をかけてやる事も出来ず、『どうか来る年は、家族皆が健やかでありますように』と祈るばかりでした。(鱈は父の好物、里芋と高野豆腐は夫の好物、ゼンマイは息子の好物、母の好きな黒豆も作りました)

 

思い返せばあの頃の私はいつも”幸せの青い鳥”を探すような日々でした。
「あした天気な〜れ!」と願いをこめておりました。来たる新春はお天気でしょうか。どうか、お天気にしてくださいと…。
青い鳥が身近にあるのだと思えるようになったのは2017年の春のこと。長男が30才を記に、遅い巣立ちを果たしました。高齢の私の両親、障害を持つ母親、病気を持つ弟を、父親と一緒に彼なりに支えてきました。
『ありがとう、やっとあなたの人生を見詰められるようで。母はあなたを未熟な所はあれど誇りに思いますよ。後は皆で助け合って生きて行けると思うから、大丈夫…。』

涙する日もありますが、多くの人々に支えられ毎日が感謝の連続です。感謝の気持ちをのせて、第7段「あした天気にな〜れ!」やっとスタートにたてました。
『脊髄梗塞』という病で、突然私は両下肢不全麻痺になり身体障害者になりました。それはただ、たまたま脊髄に病が発症しただけで、何の病気でも、事故でも、災害でも人生は突然に変わってしまうことがある。
でも人は明日へ向かうものらしいです。感謝と希望を大切にあしたへ向えば、涙する日も笑う日も。
(青い鳥を探す人は希望を持ち続ける人。少しの幸せはいつも感謝を伝えたい人がいるもの、と私は思います)

―ご傾読、ありがとうございました― マル。

2017.6.吉日

-転載記事