ひろろーぐ

小さな山村で暮らしながら、地域社会、民俗、狩猟、採集について考察・再定義するブログ

歩けなくなる難病でも料理とトイレは自分でやってやる!在宅生活に向けた”脊髄梗塞”リハビリ日記(5/5)

この記事は、歩けなくなる難病でも料理とトイレは自分でやってやる!在宅生活に向けた”脊髄梗塞”リハビリ日記 (4/5)の続きの記事となります。


○7月29日

やっと梅雨が明けました。冬、春、夏と3シーズンの入院生活を体験することに、長いような短いような、その間季節のうつろいを動けない体ゆえ、五感をすまして過ごしていたような気がします。人間は弱いところを、体の別の部分を使って補おうとするようです。お天気が気になりだしたのも病気になってからです。窓の外をながめ、耳をすまして、動かない足の代わりをしてきたように思います。夫の足音や、スタッフさんの足早な音、外の風の音までも…。私の動ける範囲は、車椅子で移動できる、この病院の中だけでした。もうすぐお家に帰ります。今はかえるの合唱から、蝉の鳴く音を聞いて過ごします。

 

○7月30日

数日前に計画していた、調理実習日です。やっぱり家族が嬉んでくれそうなちらし寿司とみそ汁を作りました。納得行く出来栄えではありませんでしたが、病院のスタッフさん(入院中の家族のような人達)も味見をしたそうです。私の目標『家族の食事を作る』は叶えられそうです。家族は、私が料理を作れるように、キッチンの高さを調節して、車椅子でも入り込みやすいようにリフォームしてくれているそうです。皆様、家族に感謝しております。

 

○7月30日

14:20~在宅支援サービスの手続き等の調節です。私の病『脊髄梗塞』は難病、特定疾病には認定されていないため、障害者手帳でサービスを利用します。結局、訪問リハビリ(週1回、1時間) 訪問ヘルパー(週3回1時間ぐらいずつ入浴介助) 訪問看護(週1時間)こんな感じに予定が立てられるとか…。

足の痛みの軽減になるかもと、マッサージ療法(民間療法)なども調べて下さるそうです。もっとリハビリが出来たら良いのだけど、マンパワーが不足しているらしい。私は贅沢なんだろうなー。普通ならば今ごろ、家族のため、社会のために働いていたはずだろうに―。何も役に立たず、人様のお世話がないと何もできない。家族にすまない。お国のお世話になるばかり…それで良いのだろうか…。そこまでしても”生きる、自立する”ことが大切なのだろうか。

 

○7月31日

息子が病院のリハビリ室に来てくれました。リハビリ療法師から、私のリハビリの方法を指導してもらうと。「ありがとう」スマホに映像を撮っている。リハビリ時間が取りにくいことから、息子が私のリハビリを手伝うと―。私は家族の為にも”生きて、自立しないと”

『本当にありがとう。私は幸せ者です。』

この日は昼~病院の夏祭りでした。未だに人混みが苦手です。病室で一人本を読んで過ごしました。だから外に出るのが下手なんだなー。「スタッフの皆様、ごめんなさい。」

 

○8月2日

もう8月です。夜ともなれば早々と虫の鳴く音がします。このごろはベッドに正座が出来るようなっていました。じーっと耳をすまして、羽と羽をこすり合わせる音色を正座して聞くのが良いです。足がジンジンしてるけど、痛みを忘れさせてくれます。それにつけても、自宅のリフォームが難工しているとか。退院までに間に合うのでしょうか。

 

○8月6日

今日16:00に両足の装具が完成し届きます。義足技師の方から支払いをもって私の手元に届きます。障害者手帳取得を待つと、装具のない不安定な両足を心配し、社会保険を利用し、3割負担で購入予定。100,500円の3割です。 高い!でもありがたいです。

16:30~管理栄養士さんより栄養指導がありました。納豆が私には良いとか、入院中も朝食にこれでもかと言わんばかりに納豆が付いていたっけ。バランス良く食べるように、現在の体重は42kgを切る。退院しても痩せないように注意してくださいと!!世の中のダイエットブームとは真逆です。不思議な感じでしたが、自宅に帰ると40kg位まで下がってしまうことに。食は大切です!

 

○8月7日

ついに私の福祉用具が納品になり、自宅にセットされ完了しました。短い準備期間での作業は関わって下さった方々のご苦労が多かったろうと思います。フローリング作りのお部屋に納まるかな?」夫は私がその部屋の中で、車椅子で動けるだろうかと心配していたほど、いっぱいの福祉用品です。しかし肝心の私の足になるオーダー車椅子は、12月ころになるかもとの事でした。その間は無料で、福祉用品店側が貸し出して下さるとの事、有りがたィ感謝しております。13:30~薬剤師さんより、薬の説明があります。『なんと忙しい毎日』一人の障害者を退院させ、自立した生活へ導く一過程ですが、本当に皆様に感謝しきれません。

 

○平成26年(2014年)8月8日

本日大安吉日、晴天です。病院から退院。

 

H25年12月5日 深夜突然、強い腰痛と、両足が全く動かなくなり、救急入院(2ヶ月間)

H26年1月29日 リハビリ病院に転院(約6ヶ月と一週間)

H26年8月8日 245日間の入院治療を得て、やっと退院し、在宅生活がスタートです。大勢の病院スタッフさんが、玄関まで見送りに来て下さいました。入院中長い間、多くの暖かい支援を頂き、無事にこの日を迎えることが出来ました。病院のスタッフさん、関係者の皆様、ご友人、親族、家族に心より感謝と、お礼を申し上げます。

そして、これからお世話になり、支えて頂く多くの皆様、どうぞ宜しくお願い申し上げます。帰路の車窓ごしに、懐かしい町並みが、次から次へ流れるように目に飛び込んで来ます。この道は入院中、何度も見た景色なのに、なぜか遠くにあるように感じましたが、今日は出迎えているように身近に思えました。

やっと在宅生活が、障害者となってしまいましたが、スタートします。玄関に、父、母が出迎えてくれました。「ただいまー」

「ギェーン、ドン!」帰るなりギーンィーと大きな音がします。我が家はリフォーム工事の真っただかにありました。

帰るなり、自宅工事中の大工さんから、手すりや棚の取りつけ位置を聞かれることに!私は新しくなったトイレに直接座り(ズボンのまま)手すりをセットしてもらいました。一番心配していた所に、サラリと手をさしのべて下さったことに、今でも感謝しております。

2016-04-12-02

電動のこぎりの音がします。当分の間、庭の蝉の声より大きなこの工事の音を聞きながら過ごしましょう。明るく元気な音に感じるのですが、おかしいでしょうか?!

大変長い私事のお話にお付き合い頂き、ありがとうございました。

突然の病気に、多くの暖かい手をさしのべて頂き、やっと命を繋ぐことが出来ました。

障害を受け入れようと努力し、人間らしく生きようと一つ一つ積み重ねるように退院へ向かう日々。

次のスタートが障害者として生きて行く一歩です。それゆえに長いお話となりましたが、病気の解明、障害への理解が開ける、キッカケになることを願っております。

ご傾読ありがとうございました。

(2016年)H28年3月24日

マルより


 

昨年の春頃から始まったマルさんの記事も、5本になりました。

積み重ねると誰かが見てくれているもので、ブログで発信したことによってマルさんの身の回りにも少し良い変化があったそうです。発信のお手伝いができて良かったなぁ~と思う瞬間でした。

 

少しずつかもしれませんが、マルさんが書く文章を心待ちにしている人もいるんでしょうね。

たかが文章かもしれないけど、誰かにとってはすれは救いの言葉になるかもしれない。

そういったコメントが時たま寄せられるのも、とてもとても嬉しく思います。

 

素人が文章を書くだけでは医療は変わらないかもしれないけれど、医療に携わる人がみれば、もしかしたら技術が進歩するキッカケになるかもしれない。

声を上げ続けるのは大変ですが、これからも続けていって欲しいです。

 

 

せば、またの。

-転載記事