ひろろーぐ

小さな山村で暮らしながら、地域社会、民俗、狩猟、採集について考察・再定義するブログ

フランスが認めた、世界に誇る鶴岡の伝統芸能『黒川能』を観てきたよ。

2015/01/29

鶴岡に来た当初からずっと言われてきました。 「櫛引の黒川能はとにかく凄い。」   その言葉を聞いてから9ヶ月。 ついに黒川能を観ることができました。   黒川能は全国的に人気で、観能の予約申し込みが多数寄せられるため、抽選で選ばれないと基本的には観られません。   死ぬまでに一度くらいは観られればいいな…くらいに思っていたら、黒川の近所に住む知人が連れて行ってくれました。 地元パワーは最強です…   今回観てきたのは王祗祭と言って、年に数回行われる黒川能の中でもメインの神事。 IMG_1308 深夜12時にもかかわらず、黒川能の会場には明かりが灯っています。 IMG_1301 IMG_1304 上座での黒川能の公演。   IMG_1310 IMG_1329 下座での公演。 IMG_1322 この冊子に書かれている通りに役者が読み上げているそうです。 IMG_1319 凄い数の寄付金。 IMG_1321 疲れて寝ている人の姿も…この時、既に深夜2時。   夜中の12時から2時間ほど観てきたわけですが、正直なところ何言っているかサッパリ…。 単純に能に関して無知なだけですが、そんな僕でも黒川能は凄い!と思うところが6つありましたので、ご紹介します。

黒川能の凄いと思うところ

その① 500年前から独自の流派を貫く民俗芸能
現在も残っている観賞芸術としての能は、五流という流派の中のどれかに当てはまります。 それらは、幕府の式楽(儀式のための音楽や舞踊)として行われてきたものですが、黒川能は五流のどこにも属さず、黒川地区に住む農民が500年以上前から独自に行ってきました。国の後ろ盾が無く始まり、現在も地域で続いている能は恐らく日本で黒川能だけ。  
その② 一晩中、能を演じ続けている。
夜6時~朝5時頃まで、ほぼ休むことなく能が続きます。その後、少し仮眠をし、昼から神社に向かって、また能を舞う。現代風に言えば、『能オール』。いや、それよりハードかも。こんなハードな伝統行事、今まで聞いたことがありません…。  
その③ プロはいない。役者、スタッフ、全て黒川地区の住民で成り立っている。
舞台で見る歌舞伎や能・狂言の役者は、プロが行っています。市川團十郎とか市川海老蔵とかが有名どころですよね。 黒川能は普段、普通に仕事をしている住民が行っていて、海老蔵的存在(役者として飯を食べる人)はいませんが、子供の頃から能を練習していて、黒川能が体に染み付いているそうです。  
その④ 黒川能のために、家の柱さえも切る。
黒川能の舞台を毎年用意しなければならないのですが、その舞台は当家と呼ばれる民家でした。当家は持ち回りで、当家にあたってしまうと3年も前から黒川能のためにお金をかけてまでして準備しなければなりません。(勿論周りからの寄付はあるそうですが…)そのため、能を演じる舞台、観客が見るスペースなどを確保するために、家の柱さえも切っていたそうです。こんなことがあるものだから、庄内地方では「黒川に嫁をやるな!」というのが一種の合言葉だったみたいですね。 現在ではさすがにそこまで出来なくなり、地区の公民館を当家としているのですが、地域行事のために家さえも改装していたというのは驚き…というより、その身になって考えてみると、当たらないことを願うばかりです。  
その⑤ わざわざ2箇所で同時公演。
上座と下座というそれぞれ別々の当家に舞台が用意され、同時に黒川能が公演される。 別にこれは、上座と下座で二度楽しめるという観客目線で同時に行っているわけではなく、上座と下座で競い合い、時に助け合うためにこのような形をとっています。 例えば、春日神社で神を迎えた後にそれぞれ別々のルートで上座・下座に向かうのですが、これは会場に向かう途中に片方のグループが万が一の事故に遭っても、黒川能が途絶えないようにするためだそうです。 2つに分けられているから、500年以上も続いているとも言われます。  
その⑥ 芸術の都、パリで公演
平成20年にパリの「創造芸術祭」で、黒川能が4回も公演されたそうです。 日本の歌舞伎や狂言だって恐らく世界中で公演をされていますが、プロボノ集団で無い、地域で生まれ育った普通の人たちが役者としてパリで公演することは凄いです。   歌舞伎や狂言にも言えることですが、現代では身近な存在ではなくなったにも関わらず、続いているのは素直に凄いと思う。   音楽やダンスなどの芸能は次々に新しい形に変わったりしますが、古典芸能は変わらない… 理解出来るように、言葉も現代風に変えたらいいと思うのに変わらない。 お金がやたら掛かっていそうだけど、何を表現したいかわからないお面や服装も基本形は変わらない。   変わらないことが素晴らしいとされるモノゴトは世の中には殆ど無いけれど、あるとすれば芸術や芸能なのかなと思います。   芸術や芸能なんて無くても生きていけるのに、人はずっと手放さなかった。 それはきっと、人の心に入り込んで、慰めたり、励ましたり、喜ばせたりする力があるから…。   昔から今まで、ずっと繋がってきている文化が地方に来ると沢山見えてきます。 そういうモノが日本独自だと思うし、世界で勝負していける力になるんじゃないかなと思う。 地方は過疎化が著しいですが、暮らしの中にある伝統や文化を絶やさずに、これからも引き継がれていって欲しいです。

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