大きな期待をせず、その人らしさを発揮してもらえるよう見守ること。何かして貰えた時に素直に喜べるよう、ナチュラルな自分でいること。
雪が降ったり振らなかったりで、この時期に外が明るいのは妙にうれしいのですが、陽の光が雪に反射してとにかく眩しい。
ども、田口(@tagu_h1114_18)です。
今日の記事は、ここ最近の心の変化の備忘録。
短めですが、個人的だし、かなりフワッとした話なのはご愛嬌。
「この人は今までこんな仕事をやってきたから、これもやれるだろう」とか、「僕がこれをしたら、あの人はこんなことをしてくれるだろう」とか、「この年齢だからあの人はこれを出来て当たり前だろう」とか。
そういうことはあんまり考えないようにしようと、ここ最近、呪文のように胸の内で唱えています。
ここ最近の僕は、相手に何かを期待をしすぎて。
だけど、そうなっていない現実を見て、勝手にイライラして。
自滅してました。
自分のことなら自分で何とかできるけど、相手のことだと自分ではどうしようもないからって、(自分の都合の良いように)「どうにかしなきゃ…」と考えてしまう。
ふと我に返って考え直してみると、そうじゃないんじゃだろって思います。
裏切っているのは自分が描いた理想の中のヒトで、生身のそのヒトではない。
「相手を変えようなんてことをしないで、自分が変わるべき…」と昔、自己啓発系か何かの本で読んだような気がするのですが、まさかこんなタイミングでフラッシュバックするとはね。キッカケは特にないけど、”イライラな自分を解放したい”と思ってこの思考法を編み出したんですね。多分。
「この人はこんなスキルを持っているから、こんなことをしてくれるだろう…」という根強い期待は、自分に返ってきて、自分を苦しめる。
だから、良い意味で、誰にでも大して期待しない。
ちゃんと生身のヒトをみて話して、日常の中で思ったこと、感じたことをその都度口にしながら、その人がその人らしく活動できるよう見守っていくくらいが丁度良い距離感だと思う。
頼ってみて、協力してくれたら本当に有難いこと。そのくらいに思っていれば、気が楽なのかなと。
それに、期待してない分、ある日突然何かプレゼントを貰ったり、一つ仕事をこなしてくれてたりすると…。素直に嬉しい。
"突然"を受け止められるナチュラルな自分でいつつ、反動で相手に何かお返しできるよう、日々淡々と活動して懐を深くしておくこともまた、大事なことだなぁ…って思う。
せば、またの。