ひろろーぐ

小さな山村で暮らしながら、地域社会、民俗、狩猟、採集について考察・再定義するブログ

32歳になりました。

2018/11/15

毎年、誕生日の日にブログを更新し続けて6年目になりました。

鶴岡市大鳥に住み始めてからも6年目になりました。

更新頻度がめっきり落ちてしまったひろろーぐも、「また更新してくださいよ」と声掛けられるのが嬉しいながら、なかなか更新できてないのが反省ではあるのですが…。

 

僕は、自分が住んでいる大鳥地域が好きで、常日頃から地域の人の話を聞いてメモしたり、たまに山を歩いたり、取材をさせてもらったり、山仕事を手伝わせてもらったり、昔の事柄を復元作業をしてもらったりしている。今年から古文書の読解も、少しずつだけど始めた。続けていればわかることが増えていくもので、わからないことも少しずつ増えていくのが面白く、終わりがみえないのもまた大変なのですが、まぁそういうもんだとも思ったり。

そんな遠くない未来、いままで調べてきたことをドバっとまとめた本を出したいなぁ…という気持ちは今も消えず、それどころか大鳥に民俗博物館を作りたいなぁ…と思うようになっている。

 

 

話は少し変わるけど、20代半ばの頃にしょっちゅう読んでいたビジネス本に書かれていた、"ビジョン"というものが、ここ最近ではあんまり腑に落ちなくなってきていたりする。

ビジョンとは、僕の勝手な解釈では、個人や組織が"こうなりたい"とか、"こうありたい"というのを言語化した、前向きな将来像のことで、たとえば「社会に貢献し続ける」とか、「いきいき楽しい地域をつくる」といったもの。いや、もっと素晴らしい言葉があるだろうと思うが、思い浮かばなかっただけで…。

今もなお、ビジョンが重要…というのが日本のどこかしこに渦巻いている気がするのですが、江戸時代の庶民はビジョンを持っていたのかなぁ?って思ったりする。

農山村の百姓は日々農作業をしたり、山に行ったり、川で魚を獲ったり、お伊勢参りにいったり、小旅行をしたり…。いや、年貢はめちゃくちゃ大変だったと思うし、飢饉や天災による死者数や流浪人はものすごい数だし、社会情勢は大変だったと思うのだけれど、江戸の後期にもなれば庶民にも浮世絵とか歌舞伎とか、娯楽もあったりして。神楽や番楽といった自分たちのお祭りもある。

戦中・戦後は税務署からのどぶろく作りの取り立てが厳しくて、思うように酒も飲めなかったらしいが、どぶろくの甕やうるち米を山に隠してやり過ごしていた。そんなことを思うと、江戸期も隠田じゃないけど、そうやって捕れたお米や食料をなんとか隠して食い繋いだりとかしてたんじゃないかなぁと思ったり…。

大鳥で炭焼きをしていたおじいちゃんの話も衝撃的だった。「炭焼きは奴隷みたいなもんだ。膝までぬかるような雪の中を何時間も歩いて、しかも炭俵を3つも背負ってだぜ。炭窯は作るのに準備から何からで1ヶ月は掛かるし、その間はタダ働きなんだ。炭小屋を建てる時は炭焼きやってる人みんなに手伝ってもらって、できたら一杯呑んで。そんな楽しみでもなければやってられねぇ。山はなんにもねぇんだもの。」

めちゃくちゃ大変だったろうけど、日々野良仕事をし、その中に楽しみがあるから生きていけたんじゃないかなぁって思う。

 

僕が子供の頃に、学校で教えられた江戸時代の庶民像って、農民は武士の次に偉いとはいえ、重税に苦しんでいた…というイメージだったのですが、いやいや、ホンマかいな…っていうか。現実に大鳥で暮らしていると、時代の恩恵は大いにあれど、野良仕事は道具が進化しただけで本質的にやることは変わっていないし、雪国は厳しいけど苦しいばっかりではやってらんなくて、どこかに"弾け"や"遊び"があったり。生活のどこかに、楽しみがあったろうと思う。そういう江戸時代の庶民たちが、ビジョンを持ち、志高く生きていたのかなぁ…って、はたはた疑問に思う。ビジョンがなくても日々成長、変化はしていけるし、集団がまとまる時はまとまるし。

ビジョンはきっと、生きる中で、働く中で、動き続けていく中で、実体験の中からゆっくりゆっくり育まれていくようなもので、「さぁ、みんなでアイデアを出し合って素晴らしいビジョンを作りましょう!」とかっていうモノではないんじゃないかと思うのです。

求められるのはいつの時代も本当の意味での人間力なのかなぁ…って、思います。

ちゃんちゃん。

 

せば、またの。

僕の大好きな地域のおじいちゃんと山の紅葉。 様々な現実に向き合ってきた山人は、生きる哲学を持つ。

 

-セルフマネージメント