ひろろーぐ

小さな山村で暮らしながら、地域社会、民俗、狩猟、採集について考察・再定義するブログ

雪国は『除雪至上主義』。だからこそ、ねぎらいの言葉が響きあう。

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ども、雪国歴2年の田口(@tagu_h1114_18)です。

 

僕の住む、山形県鶴岡市大鳥地域は山形県内屈指の豪雪地帯。

毎年3~4mほどの雪が降り、1月・2月にはあたりが雪の壁に覆われる。

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車が雪に埋まって、動けなくなった。

一年目は、雪があまり降らなかったこともあるし、除雪作業も初めてだったので、新鮮さもあって結構楽しんでいた。

けれど、今年は昨年よりも雪がよく積もり、自宅の屋根の雪下ろしも早3回。あと2回は雪を下ろさないと春を迎えられなさそうな予感がしています。

 

雪国に訪れて、「空気が澄んでいる」「景色が幻想的!」と言ってくれる人はいますが、そこで暮らす人にとっては、「それもあるんだけど、除雪が大変なんだよねぇ…」という感情もあるのかな…と。

 

そこで今回は、大鳥で暮らす人たちの、雪との向き合い方についてお話したいと思います。

 

そもそも、どうして除雪しないといけないの?

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雪国に住んだことのない人にとって、素直な疑問だと思います。僕もそうでした。

 

けれど、答えはシンプル。

暮らしていけないからです。

 

例えば、屋根に雪が積もり過ぎると、家がペシャンコに潰れてしまうことがある。

僕も雪でつぶされた家を何軒か見たことがありますが、それはもう、悲惨の一言。屋根に溜まった雪の重さに、家の支柱が耐え切れず、潰れてしまうそうです。

うちも屋根に雪がたまってきたら、家の襖が開けにくくなります。雪の重みで支柱が押され、襖と額の隙間が詰まってしまうんですね。

 

あと、玄関前を除雪しないと家から出られない。

何日か家を留守にしている間にドカ雪が降って、雪をどけないと玄関に入れない時があったのですが、郵便屋さんは「家には入れないから」といって近所の人に郵便物を預けてくれていました。笑

 

なので、ある程度雪が溜まったら、除雪をしないといけないんですよね。

 

除雪作業の生産性の無さと稼ぎの良さ。

ただ、家を守るためだけに行わなければいけないと言う意味で、除雪作業は"生産性が無い"ように感じています。自宅の雪をおろししたところでお金がもらえるわけでもない。強いて言うならば、除雪で体が鍛えられ、健康が維持できる…というくらいでしょうか。

除雪道具が昔に比べたらかなりスピーディーに除雪できるようになったし、雪が屋根から落ちるような屋根もあるけれど、除雪しなければいけないことは100年前から何も変わりません。

 

一方で、誰かに除雪作業を依頼されればお金がもらえます。

依頼される内容は、屋根の雪下ろしか、ロータリー車、ドーザー車などの除雪車での作業、バックホー(ショベルカー)での除雪作業など。

屋根の雪下ろしの場合、危険な作業なこともあってお金も結構弾みます。僕の住む大鳥の場合、除雪作業一回につき1万円くらいもらえます。作業時間は屋根の大きさにもよりますが、4時間~5時間くらい。時給にすると1,500~2,000円くらいなので、地方にしてはかなり割の良いバイトですね。

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除雪車は大型特殊免許が必要なこともあって、お金は更に弾みます。主には公道を除雪し、車が走れるようにしてくれる。除雪車を動かしている人は「雪が金に見える。」と言っている人もいますね。笑

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とまぁ、雪をお金に変換できると、除雪も悪くない…という風にも言えます。

 

けれど、僕にとっては"生産性が無い"のは結構ツライ。暮らすという視点だけで考えると、雪がない地域よりも大きなハンデがあるように思えます。

僕が大鳥に住み始めた頃、地域の人に「冬がきたら、都会さ逃げるんでねぇか?!」と冗談交じりに言われていたのですが、その意味がようやくわかるようになりました。笑

 

そんな中、唯一の救いといえば、除雪をすることでなぜか褒められること。

 

雪下ろしをするとねぎらわれる。雪下ろしをしないと外野が騒ぐ。

屋根の雪を下ろすだけで、地域の人からなぜか褒められたり、ねぎらわれたりします。

 

自宅の屋根なのに…です。

 

「ご苦労だのぉ~」「おつかれさん」と声をかけてくれます。

非常に不思議な感覚です。例えるならば、ただただ家の掃除をしているのに、お隣さんが褒めてくれる…みたいな感じ。

 

この不思議な慣習がなんなのかわからなくて、地域の数人のおじいちゃんに昔話を聞いてみた。

僕がした質問は内容は二つ。

「子供の頃から除雪をしていましたか?」「除雪をすると、親からお小遣いみたいなのはもらっていたのですか?」

 

これに対する答えは口を揃えるようにしてみな同じ。

「小さい時から除雪するのは子供の勤めだったから、当たり前のように除雪をしていた。それに、お小遣いなんてもらわなかった。」

というものでした。

 

けれど、そこでしっかりとねぎらいの言葉を受けていたそうです。

「子供の頃は毎朝、自宅の2階から降りるために雪の階段をスコップで作っていたんだけど、近所のおじさんに『偉いぞー!』っとめちゃくちゃ褒められた。」

※昔は除雪車などもなく、冬の間は家の二階が玄関になり、3mも積もった雪の上を歩いて学校や勤めに出かけていたそうです。

 

50~60年前はテレビやゲームが当たり前ではなかったし、周りの子供もみんなそうしていたから除雪することが子供としては飯を食うくらい当たり前のことだった。けれど、家の手伝いをしていると誰かが見ていて、褒めてくれていた。ツラい肉体労働ではあるけれど、ねぎらわれることで救われていた…。

この頃の子供は、幼いながらも頑張っていれば誰かが見ていてくれている…というのを体で感じていたのかもしれませんね。

 

逆に、僕が除雪を怠って屋根に雪を溜めまくっていると「早く雪下ろさないとダメだよー!」と地域の人に声を掛けられる。

他人の家でも屋根に雪が溜まりまくっていると、「あの家の屋根の雪、そろそろ下ろさないとダメだね…」みたいな感じで地域の人がザワつく。

「雪国に暮らしていながら除雪しないとは何事だ?!」とまでは言いませんが、除雪をしないと暮らせなくなることをちゃんと理解しているからこその気遣いだと思います。

 

やって当然の『除雪至上主義』。だからこそ、ねぎらいの言葉が響きあう。

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多少の量の違いはあれど、地域の全ての家に雪は平等に降り注ぐ。

その場を離れて暮らすこと以外では、雪は絶対に避けることができない。

 

雪国に暮らす人にとって除雪は当たり前。やれないのなら住むことはできない。これが現実なのかもしれません。(※高齢者など、誰かに頼むしかできない人は別ですが。)

それに、除雪に"生産性が無い"ことは口に出して言うまでも無く、とっくの昔からみんな知っているように思えます。

 

けれど、厚い雪に覆われ、閉ざされた空間が長かっただけに、地域の人はみんな、春が来る喜びは格別だと言います。僕もこれを昨年の春に初めて体験しましたが、言葉では言い尽くせないくらいの喜びを体で感じました。

 

格別の春を感じたくて、厳しい冬を乗り越えようとみんな必死で除雪をしている。

 

「ご苦労だのぉ~」「おつかれさん」という言葉の裏には、「除雪はツラいけど、乗り越えられたら春がやってくる!だから今はお互い頑張ろう!」という意味があるように思えてなりません。

 

こんな光景を日常的に目の当たりにしていると、これがまさに『支え合い』なんだなぁ…と思います。

 

終わりに…

雪国の冬の暮らしには狩猟や手仕事、雪室での食材保管などの雪国ならではの知恵や技もあったりして、雪やその季節を利用した活動も勿論ありますが、除雪だけを切り抜いてしまえば、大変な暮らし。

 

けれど、ねぎらいの声を掛け合える。

 

除雪を頑張っている人は応援したくなるというのは、ワールドカップで活躍しているサッカー日本代表を応援するのと何ら変わりない気持ちです。

 

声を掛けあうだけではお金にはならない。

 

けれど、生きる糧には十分なくらい繋がっていくんじゃないかなって思います。

昔の子供が、除雪の手伝いをして地域の人からめちゃくちゃ褒められたように…。

 

そうしてまた明日も、地域の人たちは雪に向き合っていく。

その背中を、僕も少しずつ見習いながら生きていきたい。

 

せば、またの。

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