ひろろーぐ

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歩けないわたしが、わたしらしくあるための”脊髄梗塞”リハビリ日記 前編(あした天気になーれ!からの転載)

マルさん(仮名)から、脊髄梗塞と戦う奮闘記(あした天気になーれ!)の第三弾の記事が届きました。

ども、田口(@tagu_h1114_18)です。

今回もマルさんの記事の文字起こし・編集に携わらせていただきました。

今回の記事は日記調。日ごとに変わる自分の体に対する意識や、同僚・病院スタッフ・家族への思いなどの変化が文章からよくよく感じ取れます。  

 

同じような悩みを抱える全国の脊髄梗塞患者の方に届けば、嬉しいです。  

今回は文章量が多かったので前編・後編に分けてお届けします。ぜひ後編も合わせて読んでみて下さい。

後編:歩けないわたしが、わたしらしくあるための”脊髄梗塞”リハビリ日記 後編

 

以下、本文。

 


今回は(vol.3)急性期病院での闘病日記から、リハビリにも着目してみました。 何か今後へ役にたてたら幸いです。病院の主治医初め、かかわって頂いたすべてのスタッフの皆様に感謝をこめて。 また、脊髄梗塞患者の一人として、病気の治療法の解明等を訴えられたらと思います。それにあたり私は医療のことなど素人ですので失礼があるかもしれません。先にお詫びをしておきたいと思います。  

発病は突然に…

2013年12月5日、深夜救急搬送された際に、救急隊員からの問いかけに私本人が答えていた記録があります。 意識はハッキリしていたようですが、腰の辺りを体の内からハンマーで打たれたかのような激痛が走り苦しみました。腰から下肢にかけて多少の感覚が感じられましたが、両足が外側にほうり出されたようにダラリとしておりました。尿意があるにもかかわらず、自尿が見られず、腹部がパンパン。 病院に着くと、すぐに尿管ホーレ(尿道に管を挿入して尿を排泄する医療器具)が挿入され、ホッとしたような…。

しかし激痛はいくら医師がいろんな投薬を施してもおさまることがありませんでした。 MRI検査、血液検査等いろいろ行うものの、『病名が不明。手術等も無理』そんな声までが…不安なまま一夜をICUで過ごすことになった次第で…。  

夜が明けて、早朝神経内科医からの造影剤を使用したMRI検査が再び行われました。その結果は、聞いたこともない病名『脊髄梗塞』との事。 病気の原因は不明。 夫は医師から、状態の説明と、将来車椅子生活になるかもしれない。今は脊髄の梗塞を取るための薬の点滴を24時間、2週間くらい継続して治療を行っていくなどと言われたそうです。

夫は私に「入院して休もう!」そう言ってくれたような?! 6病棟に入院となりました。担当看護師に私のベッドは電動でリモコン付きのベッドを依頼していたことに今さら驚いております。

ベッド上で不自由な体のかわりにリモコンを操作して少しでも上半身の自由を活用した生活を希望していたようです。これがその後のリハビリに役立っていった気がします。  

 

自分事と信じられないまま入院生活がスタート

入院2日目。12月7日には痛み止めがきいている時間帯に主治医からの許可を得て携帯でのメールを始めておりました。職場の同僚に仕事でのお願いを送っております。 『頭の中は何とか動いているナァ…。』ことの重大さをよそに、気持ちを外に向けていたようです。  

 

 

○12月9日

再びMRI検査が行われました。その日の午後に、私の病室に男性の理学療法士が「こんにちは」と優しい笑顔で入ってこられたのを今でも思い出します。その日は挨拶程度で…。  

 

○12月10日

私のリハビリが開始されたようです。足の状態を観察したようでしたが、触れられた感じが何となくありましたが足は動きません。 下肢の運動神経が壊されたようです。このこと自体俄か(にわか)に起きたことでもあり、私自身は深く考えることもなく、ただ痛みに耐えていたようでした。 話は変わりますが、その日に入院始めの排便がありました。ベッド上で差込み便座を使用し、自力排泄されたと、メモされていました。変な感じですが、とっても嬉しかったのを思い出します。同室の方に『ごめんなさい』と心の中で言っていたっけ…。  

入院7日目で食事(全粥)が配膳されました。ベッド上で、寝た姿勢に近いファーライ状態で、自分で食事が取れました。 「おいしい。」全部は食べられませんでしたが、素にそう思いました。

その日は職場の同僚が病院に来てくれて、仕事の軽い引き継ぎが何とか休み休みできたことが嬉しく思いました。たいした内容ではなかったにしろ、せめて職場の皆様にご迷惑がかからぬ事を願っておりましたので、同僚の配慮に深く感謝しております。  

 

○12月11日

1日の間をおいて、先日の同じ理学療法士が、昼少し前にリハビリに来られました。マッサージを少し行うことで、リラックスした感じがしました。  

 

○12月12日

この日のリハビリは、ベッドで寝たまま膝を立ててキープする。支えてもらい一瞬膝が立ってキープできたような?!  

 

○12月13日

入院してから一週間ぶりに手足を洗ってもらうことが出来ました。「あ〜気持ちいいー!みず、みずがいい!」ぬるま湯の感触が良いことに感激していました。 洗って頂いたケアーの方が、神様に見えました。両手にもビリビリした痛みがありましたが、幸いにも自由に動かせ、手は自分でジャブジャブも…ありがたいことでした。  

 

○12月15日

体重測定53kg!!増えた!ショック。寝てばかりだし、1日2000ml以上の点滴に3度の食事だもの。それが体のむくみとは思いたくなかったような…。  

 

○12月16日

入院初めてのシャンプーをベッド上で洗ってもらいました。この日がなんと待ち遠しかったことか。 リハビリも初のリハビリ室へのデビュー。リクライニング車椅子に乗車し、点滴をブラブラさせて見学に出かけました。ただそれだけでヘトヘトフラフラ。直にベッドインでした。  

 

○12月19日

スタンダード車椅子に乗せてもらい、自走してみました。「ハァー難しい!」30分間の乗車で精一杯。頭がフラフラ、吐き気までが…。またもや、直にベッドインです。  

 

○12月23日

私の担当の理学療法士は、優しい方で精神的にもリラックスし、体と心の両面をリハビリできている感じがしました。 脊髄の腫れが良くなると、体も少しずつ良くなるらしいとのこと。神経は梗塞した為に壊れたけれども、リハビリを行うことで、新しい神経を作る気持ちで頑張ってみたらと私に話してくださいました。赤ちゃんが寝返り→ハイハイ→つたい歩きと。そんなイメージでリハビリを行うようでした。 私のベッド周りは、安全のために全柵のまま。

「あれ?いつの間に」 膝から出血しています。キズバンをもらいました。内出血は茶飯事です。

そんなわけで、全柵でもこと足りず、布団をクルクル巻きにして、柵の内側に布団の縁取りを付け替えて2重の保護です。私の足に感覚がほとんどない為に、体の向きを変えようとすると、上半身だけが向きを変え、ついてこれない下肢が柵の間に挟まってしまうわけで…。

危険な状態になる事から、布団でベッド柵の内側を2重に囲ってもらったのです。同じ姿勢が苦しいこともあり、常に全自動のリモコンで私本人がベッドのギャッジアップ、ダウン等の操作を繰り返しておりました。 知らずにリモコンを操作して、感覚のない足が柵にはさまれたままギャッジアップ…なんて、想像しただけで「ゾッと!」しますね。  

というわけで、私は特製のベッドメーキングの中で、手の届く範囲に小物をセットして、小さなお部屋のイメージで生活しておりました。 一見すれば拘束そのものですが、私がその時に出来る、入院生活のリハビリだったと思います。 上半身の自由を利用して、自分の出来ることは自分で行っておりました。しかしスタッフの皆様は、大変だったと思います。ケアーを行うたびに、この特製のベッドメーキングを外し、セットし直すのですから…。

それでもスタッフの皆様には、ニコニコ笑顔で、忙しくお仕事をされていました。 「有難いなー」と今も感謝の気持ちで一杯です。  

 

○12月26日

22日目にしてやっと24時間持続の点滴が外れました。「やった!自由」でも動けないけど楽になりました。服薬での治療になりました。  

 

○12月30日

入院26日目で、初のシャワー浴です。「気持ちいいー!」 気がつけば、クリスマスも過ぎ、明日は大晦日。毎日見ていた病室からの窓の景色、車の込み合いが…私の病室の窓は、窓に真っすぐに道が迫ってるように見える位置でしたので、車の行列が賑やかな年の瀬を感じさせていました。  

 

○2014年1月1日

元旦。「あけましておめでとう…。」とつぶやくものの、いつになく院内が静かな感じがしました。大好きなお餅もありません。生まれて初めての静かなお正月でした。  

 

○1月3日

年が明けて初のリハビリ、2人の男性理学療法士の支えで、私は発病30日目ぐらいで、2本の足で立たせてもらうことが出来ました。それはほんの一瞬のお正月サプライズだったのでしょう。立って歩くことが当たり前だったはずが…。あの時『立った!』という驚きを感じていました。  

後編はこちらからどうぞ。 歩けないわたしが、わたしらしくあるための”脊髄梗塞”リハビリ日記 後編(あした天気になーれ!からの転載)|ひろろーぐ


 

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リンク:あした天気になーれ!

 

マルさんの過去の記事は以下のリンクからどうぞ。

「歩けないけど歩きたい!」突如患った難病”脊髄梗塞”と共に生きていく人生(あした天気にな~れ!からの転載)|ひろろーぐ

 

認知症の母と脊髄梗塞の私の、お茶の間合戦。それでも母に寄り添って…。(あした天気になーれ!からの転載)|ひろろーぐ

 

せば、またの。

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