ひろろーぐ

小さな山村で暮らしながら、地域社会、民俗、狩猟、採集について考察・再定義するブログ

非日常的に対等な社会を形成するマタギの世界~役に立たない新米猟師の僕が熊狩りに付いていって熊肉の分け前を貰うのは気が引ける。けれど、それがマタギ勘定というもの~

ども、田口(@tagu_h1114_18)です。

 

グルッと巡って、またクマ狩りの季節がやってきました。

猟師になって3年目。3回目の熊狩りに行ってきましたので、今回も猟のレポートをしたいと思います。

 

参考までに、熊狩り一年目、二年目のレポートのリンクを貼っておきます。

参考:狩猟デビューで本当に死にかけた。~マタギの世界はめちゃくちゃ厳しい!命懸けの熊狩りに参加してきました!~

参考:マタギと共に、狩猟の最高峰である熊狩りに行ってきました!~トラバースしている時に強烈に感じた”今”という瞬間~

 

雪解けの4月と、そわそわ感。

2016年4月。

温かい日差しが時たま道路脇の雪を溶かし始め、消え間にはフキノトウやリュウキンカが顔を出す。山には雪がこんもりと残り、杉と松の木だけが青々としている。

山菜採りにはまだ早い。雪囲い外しやら米作りの準備やらをトコトコやりながら、地元の猟師たちは双眼鏡をもって時たま山を眺める。

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山にクマが歩いていないか。

冬眠から目覚めたか。

鼻息が少し荒くなるようにじっと見つめては、少し息を殺して仲間と相談をする。

 

「血が騒ぐ。」

 

地元の猟師はそう表現するが、山を眺める様子を傍から見ていてそれが手に取るようにわかる。

 

毎年4月12日には、『山の神』という行事を行う。

これは、マタギたちがリーダーの家に集まり、山の神にお神酒を捧げ、「今年も無事、熊を授かりますように…」と祈りを捧げる。その後、お神酒(みき)として日本酒を全員が少しずつ飲む。これは身を清める意味だと思う。一連の手続きが終われば、ご馳走をつまみながらビールやらお酒を飲み、「今年はいつごろに熊狩りにいこうか?」などと相談しながら、昔の熊狩り談義に花が咲く。この飲み会が何気に僕は好き。

今年は雪解けが早く、例年より数日早くクマ狩りにいくよう…。

 

いざ熊狩り。今年は、初めて舞い方(司令塔)になった

今年のクマ狩りは5人。

熊狩りに行く前に、ご神木にお神酒をかけ、みんなで二礼二拍一礼。

 

「無事授かりますように…」と、心の中で唱えておく。

 

2人と3人のグループに分かれ、川を挟んで向かい合う山にそれぞれ登っていった。

 

僕は、ベテランの方と2人で舞い方という役割を担うことになった。

舞い方とは、見通しの良い場所から双眼鏡で山を眺めながら熊を見つけ、見張り続けながら熊の状況を連絡したり、撃ち手(鉄砲を撃って熊を仕留める人)や勢子(熊を追い上げる人)の位置を随時指示する。司令塔なので、一番大事なポジション。

3年目とはいえ僕は山もろくに覚えておらず素人同然なので、舞い方のメインはベテランの方。僕はそのサポートといったところ。

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傾斜が30度近くもありそうな尾根道をひたすら上がっていきます。

 

途中、何か所か見通しがきく場所があるので、そこで腰を下ろして双眼鏡で熊を眺める。

見つからなかったらさらに峰へと向かって歩いていく。

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途中からは完全に雪。だけど、硬雪だから返って歩きやすい。

蹴り返しが弱い分、疲労が溜まりやすいが、雪がクッションになるからかひざへの負担は少ない。

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登ってきた山道を振り返ると、とんでもなく良い景色。山間の向こうは大鳥です。

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歩き始めて1時間半。見通しのきくポイントで腰を下ろし、撃ち手たちがいる山を双眼鏡で眺め、熊を探し始めました。

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眺めていた山はこんな山々。山間に雪が残り、木にはまだ葉っぱが付いていない。尾根沿いの松と、杉の木くらいのもの。こんな状態なので対面の山からでも熊を見つけられます。葉っぱが生い茂ってしまったら見つけるのは不可能になります。

 

二人とも無言で熊を探す。

雪の上にお尻をついていたけど、腰皮といって獣の皮をお尻に引いているので全然濡れません。毛皮ってスゴイ。

 

探し始めてから十数分。異様に目が疲れてくる。

集中してずっと覗いていたいんだけど、見れば見るほど目が重たくなっていく。双眼鏡から頻繁に目を外してしまうし、この日は暖かかったこともあってか、眠りそうになってくる。

この日、双眼鏡を眺め続けるにも技術が必要なことを、初めて知った。あとで教えてもらったのですが、時たま双眼鏡から目を外して山を眺めたり、双眼鏡を覗くときも一点ばかりを集中して見ずに、全体を視界に入れるような感覚で見るようにしたらいいんだとか。

僕はこれを知らずに、一点ばかりをずっと眺めていたので、ものの15分程度で目が疲れてしまった。

熊狩りには総合的にいろんな技術が必要になる。鉄砲の技術。熊を見つける技術。熊の知識。山の知識。山を歩く技術。重い荷物を背負って山を歩き続ける体力。チームと連携を取る能力…。全てが優れている必要はないかもしれないが、どれ一つとして欠けてはいけない。明らかに特殊な能力で、自衛隊に熊狩りをさせても狩れないと言われるのは、こういうことなんだと思う。

 

ベテラン猟師さんと手分けして熊を探していると、僕の視界の中で黒いものがノソノソと動く。

「あれ?熊かな?」小さくつぶやきながらしばらく眺めていると、大きさ、動きをみても明らかに熊だった。

 

「熊、いますねー。」ベテランの猟師に話をすると、「どこや?」とすぐに聞き返された。

山の場所がどのへんなのかもよくわからないし、どう伝えたらいいのかわからなくてモゴモゴしていると、僕の眺めている方向を眺め、ベテラン猟師さんもすぐに熊を見つけた。

「松のおい止めより50mの少し右手あたり、シバで遊んでいる…」ベテラン猟師さんが無線機で熊の情報を撃ち手に伝えた。

それから、撃ち手に配置の指示をする。

 

撃ち手が動き始めてからしばらくすると、ベテラン猟師さんが「俺もブチ(撃ち)に行くから、熊から絶対目を離すなよ!」と言って山を下りて行った。

他の撃ち手が配置に着くまでの時間と、自分が撃つ場所につくまでの時間を見計らっていたようだった。

 

僕は一人になった。舞い方なんてとても大事なポジションを、素人同然の僕が一人で任されることになった。

 

僕が熊を見逃したらゲームオーバー。

とんでもないプレッシャーを感じながら、先ほど見たはずのクマを早速に見失ってしまった。

 

『ヤバい…。』

 

内心かなり焦っていた。血眼になる勢いで探していると、山を下りて行ったベテランマタギさんから「熊、見えてるか?」と無線が入った。

 

恐る恐る「見失ってしまいました。どこにいるかわかるなら教えてください」と無線で聞くと、居場所を丁寧に教えてくれて、発見することができた。

 

そこからはひたすら熊だけを追い、動いたら報告、の繰り返し。それしかできなかった。時計を見ることも無ければ、撃ち手がどこにいるかなんて見る余裕は全くなかった。

 

どのくらい時間が経った時だったか。

「ここからは声を出したら熊に気付かれるから、何か話しても俺からは返事しないからな。クマの動きだけ見て、報告してくれ。」殺した声が、かすかに無線から聞こえてくる。

僕は引き続き熊を見張り、逐一報告をいれた。

 

すると、山を下りてったベテラン猟師の射程距離に熊が入ったのか。

 

バーン!

 

バーン!

 

バーン!

 

数発の銃声が山に響いた。

しばらくすると、「しょい(背負い)さこいー」と声が掛かった。

 

無事、仕留めたみたいだ。

ホッとして、昼飯のおにぎり2つをペロッと食べ、缶コーヒーを流し込んだ。

 

僕はドローンを持ってきていたので、「もう熊はいませんが、せっかくなんで飛ばしてもいいですか?」と無線で交信してみると、「飛ばしてみれー!」との声が。

 

ということで、熊狩りの猟場を空撮してみました。

沢なりに上流へ登りあがら空撮しました。わかりにくいですが、沢を挟んで右側の山に舞い方として僕らが、左側の山には撃ち手や熊がいました。

 

「ドローン、勢子として使えるんじゃない?」と昨年の春熊猟の時に猟師たちとの会話で盛り上がりドローンを買ったところもあるのですが、結論から言うと、今のところドローンを勢子として使うには難しそう。

飛ばした位置が標高900m弱だったのですが、そこからドローンを標高800mくらいまで下げると、通信が弱くなってしまった。たぶんこれ以上下げると通信できなくなってコントロール不能。自動で戻ってきてしまう。もっと低い位置から熊を追い上げたいのに下がれる幅の限界があまりにも早かった。

それに、ドローンは荷物としてあまりにもかさばるので、熊を仕留めても肉が背負えない…。何十人もいれば話は別かもしれないが、5人程度しかいない中で一人が背負えないのは致命的です。

そんなことから、「ドローンを勢子としては使えないねー」という結論にとりあえずなった。個人的には使い方をもう少し研究してみたいところだけど…。

 

さて、僕はいったん山を下りてドローンを置いてから解体現場へ向かうという話になっていたが、僕が山を知らないから、一人で山を歩いて遭難するのも困るということで待機になった。

こういうの、本当に気まずい。

一人前とは言わないが、せめて半人前に早くなりたいです。

 

僕が山を下りてから1時間くらい経つとみんな帰ってきて、持ち帰ってきた手足・胴・頭・内臓などを切り分ける。

僕も自前のナイフで切り分けていたが、手際が悪いせいか、いつも大鳥でお世話になっている方にちょこちょこ怒られた。いつもなら言い返すとこだけど、この時は『僕が熊を背負いにいけなかった…』という負い目を感じていて、何も言えなかった。半人前にもならない人がとやかく言う筋合いはないんじゃないか…って。

だからと言って、言われたことをテキパキとこなす…という訳にはいかなかったけれど、自分の負い目を消したい気持ちがあって、口より手足を動かしていた。

赤身・脂身・骨・内臓を一通り切り分けると、今度は分配します。

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マタギ勘定中。人数割りで、等分になるように分ける。

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誰かのさじ加減ではいけないので、ちゃんと秤にかけて全てほぼ同じ重さになるように調節していきます。

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平等に分けられた脂身。

 

マタギの世界では、分け前は全員平等。

腕が立つ者も立たない者も、新人もベテランも、役割も労働の量も全て関係なく、全員が等分。

だから、半人前にもならない僕のような新人が分け前を貰うとなると、気まずくなる。

だけど、それがルール。

 

マタギ勘定と対等な社会

飲みの席で、少し間が空いたときに「今日は熊を背負ってきていただきありがとうございました。」と話すと、ベテラン猟師らはニンマリしながら、「なんだって?」と聞き返してきた。

今日の僕の言動で双眼鏡の見方もそうだし、山をもっと覚えろなどとも指摘されたし、分配された肉については「働いた苦労も、肉の分配もみんな平等なんだ。」と教えられた。

 

熊狩りは、役割によっては一日中、山を歩く人もいるし、あまり歩かない人もいる。その時々に苦労の幅は人によって違う。だから、「全員が等しくご苦労をした」と言い、等しくねぎらう。肉も平等に分け合う。

だから、撃った人は熊を撃った時に熊はどんな風だったかを語るし、舞い方からは熊がどういう風に動いていたかを話すけど、「俺が撃ったんだー!」とか、「リーダーである俺がいたから捕れたんだ」と、おごり高ぶることを決してしない。皆がいたから捕れたんだと言い、手柄はみんなで分け合う。

 

こういうことは普通、現実社会では基本は起こらない。どんなチームや組織で一つの目標に向かって動いていても、その中で能力がある人・ない人、頑張った人・そうでない人が出てくる。それら全員を平等に扱おうものなら、能力がある人、頑張った人から不満が出る。資本主義である以上、人と人の間には差が生まれるようになっているから、”平等”と言うのは簡単だけど、本当に難しい。

 

だけど、このマタギ集落の熊狩りの世界では、一年のうち一時期だけ対等な社会が形成される。これ自体が発展を抜きにした、人が人らしくあるための手続き、もしくは儀式なのかなと思う。

しかも、熊の胆や熊の毛皮がバンバン高値で売れていた明治~昭和の時代も同じように平等に分配していたというから驚いた。マタギの人たちが持つマタギ勘定には、資本主義にも負けない共同体としての意識が強く残っている。

一見すれば、熊を狩るという特異な文化を持つ集団にしか見えないが、その人たちが体現している世界には深さがあって、集団の中で生きていくための理(ことわり)のようなものが見え隠れする。たぶん、こういうのが胸元あたりでジワジワとあったまっているから、来年もまた行きたくなるんだと思う、熊狩りへ。

 

食卓には茹でられた脳みそや痛めたハツ、レバーが並んでいた。

脳みそは白子のような味がしてホントに美味しい。炒められたハツ(心臓)やレバーも美味しく頂いた。

ビールがすすむ。

 

今日の熊狩りの成果をみんなで喜び合いながら、あーでもないこーでもないと、酔いに任せて話を弾ませていた。

 

本当に楽しい宴だった。

 

終わりに…

初めて熊狩りに行った時は、何が何だかわからないままベテランマタギに必死で付いていき、気が付いたら熊が仕留められていて、歩き続けた先で熊が横たわっていた…。というような、目の前の景色以外把握できない状況だったけど、3年目になった僕は、今、どこで何が起こっているのかが無線のやり取りで何となくわかるようになっていた。

熊狩りがどんなふうに行われるのか。クマがどんな習性を持つのか。山言葉も少し覚えた。

 

それに今回は、舞い方という重要な役割で熊を発見したり、途中一人になってから熊を見逃してしまったが、教えてもらってからは見続けることができた。

 

熊狩りは命懸けの猟に変わりない。けれど、生死のスリルや生きていることを実感するというより、最近は『マタギの人たちが形成する社会の中に、僕も身を置きたい。』という気持ちに変わりつつあるような気がする。

 

来年は今年よりももう少し、役に立ちたいな。

 

マタギの実態について詳しく知りたい方は、ぜひ田口洋美さんの書籍を読んでみてください。

このブログで田口さんのマタギ関連書籍を何度も紹介していますが、全部お勧めです。

せば、またの。

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