ひろろーぐ

小さな山村で暮らしながら、地域社会、民俗、狩猟、採集について考察・再定義するブログ

地域おこし協力隊もいよいよ最終年度に入りました。最後の年に僕がやりたいこと。

2015/07/12

2年というのは一瞬ですね。春夏秋冬×2で2年ですから。

雪下ろしを2シーズンやったなーと思ったら、もう3年目だね。

 

ども、田口(@tagu_h1114_18)です。

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うぉー!ここは沖縄じゃなくて、大鳥池だぞー!笑

 

2013年5月に着任した鶴岡市地域おこし協力隊もあと1年弱となりました。

 

前回の記事で、一年間の振り返りを記事にしてみましたが、今回は最終年度に僕が何をしたいか。それだけをお伝えできればと思う。

参考:地域おこし協力隊も2年が過ぎました。2年目にやってきたことと、活動の中で見えてきた「自分の立ち位置」と「地域で生きる」ということ。|ひろろーぐ

 

せば、さっそくまいりましょう。

 

地域おこし協力隊最終年度に僕がやりたいこと。

大きく言えば、3つ。

  • これまでの継続
  • 大鳥のことだけをまとめた雑誌を作る。
  • ネット通販(今のところ、出来ればいいなぁ~っていう感じ)

これだけ。その他にも細々とした仕事は沢山ありますが、地域おこし協力隊として、大鳥に散々お世話になった僕が大鳥に対してできることをやっていきます。

 

これまでの継続

続けることって大切なこと。

東京のサラリーマンから山奥の土建屋さん・便利屋さんみたいになってはや2年。地域の人の協力もあって僕は沢山の新しいことを始めることができたし、それを少しずつ形にしてきた。

田んぼや野菜作り、山菜取り、狩猟。地域の仕事も少しずつ覚えてきたし、地域行事にも可能な限り関わってきた。

とは言っても、ワンシーズンに一回しかチャンスがやってこないこれらの仕事を、たかだか2回やったくらいで「できるようになった!」とは口が裂けても言えない。もっと経験を重ねていかなければいけない。だから続けていく。それに、ワンシーズンに一回ずつしか巡ってこないから、飽きずに続けられる。

 

四季のサイクルの中で、毎年ほとんど変わらない作業にどのくらいの時間を割けばいいのかを自分の体で何となく受け止められてきたし、何より僕が大鳥で生きていられるのはほとんど大鳥の人たちのお陰。おすそ分けを貰ったり、ご飯をご馳走になったり、仕事を教えて貰ったり、仕事を振ってもらえたり…。

普段の暮らし・仕事に付随して人生観や死生観も大きく変わったし、体力もついて活動量も増えてきた。山のことを知れば知るほど、知らないことが沢山あることも思い知らされてきた。

 

それに、”山暮らしを体現したい”のであれば、山に住んでいる先人たちに習うのが一番早い。

僕は未だにこの目的だけは失うことができず、今はただひたすらに大鳥に執着していたいのです。

だから、大鳥の人達が繰り返しているルーティンを、僕もできる範囲で繰り返していく。

 

急成長なんてことは無いと思う。10年かかるかもしれない。けど、少しずつ前に進んでいきたい。

 

ネット通販(今のところ、出来ればいいなぁ~っていう感じ)

一年目からずっと考えてきたことで、すこーしずつ手は付けているのだけど中々形にはなっていない現状。

地方で人口が減っていき、身近な人を相手に商売しにくくなっていくという背景がありながら、都市部に人が集まるのであれば、情報を届けることができれば大鳥の山の産品も流すことができるんじゃないか…という仮説の中で構想しています。

地域の人からも、一部の人から「俺の米、田口商店に売ってもらうか!」という言葉も頂いているし、自分自身の稼ぎにも変わる話なので、これは今年中に形にできなくても通販、やります。

 

物流網が死なない限りは僕の頭の中では山奥でもまだ、大丈夫だと思う。

少しずつ形にしていきたい。

 

大鳥のことだけをまとめた雑誌を作る。

僕にとっては、これが今年一番の大仕事になろうかと思います。

僕が散々お世話になり、育てて貰った大鳥を、一つ一つ弱っていく大鳥の命の言葉を拾い、大鳥”だけ”を形として残そうと思う。

 

勿論、朝日村史とか、大泉鉱山史とか、赤川流域の暮らしと文化といった、オモシロい本は沢山ある。その節々に大鳥のことが書かれてはいるのですが、大鳥だけのことをまとめた本は、大鳥方言集しかない。これはこれで面白いのだけれど、方言だけなので伝わりにくさもある。

 

僕が、大鳥”だけ”のことを纏めることにこだわりたいのは、大鳥は間違いなく唯一無二の地域であるから。

2年間で、大鳥の人や自然に触れ、最初は全国どこにでもある美しい里山の原風景が残り、人情に溢れる地域だと思っていた。

けれど、違った。

大鳥は平家の落人が逃げ込んだ隠れ里だし、山の資源を中心とした狩猟と採集が息づいた文化がある。交易は新潟の三面や山熊田としていたし、マタギの文化が残っている。昔はシロクという賭博も昔はやっていたし、ドブロクもよくよく作っていた。鉱山もあって一時期1,500人もの人がいた。大鳥池にはタキタロウはいるし、独特の方言もあるし、今もなお、山の資源を活かした暮らしが中心となった狭いコミュニティーで脈々と続いている。

だから「大鳥がスゴイ!」と言うつもりは全くないが、明らかに日本のどこを探したってここと同じ地域は皆無だと思う。

 

それに、現在83人いるこの大鳥地域も、このままいけば10年後には40人になり、40年後には10人になる。恐らく、コミュニティーも再編されていくと思う。大鳥が今までの大鳥ではなくなる可能性が高いだろう。これは何も昔と変わらないことが良いと言っているのではない。コミュニティーの再編で、新しい桃源郷を作るのも一つの選択肢かもしれない。けれど、平家の落人が逃げ込んだ時のこの山里が、当時の落人たちにとって桃源郷だったかもしれない。そんな地域が800年以上も続いてきたのだからきっと、大鳥の過去には次の人たちがこの地で生きていくためのヒントがあると思う。

地域の人たちが先人から受け継いできた精神性はどんなものなのか。精神を具現化させたモノは何なのか。本質はどこにあるのか。そんなパズルのピースを沢山集めて、ノスタルジックに浸ることなく、光も影も表現しながら大鳥という地域を象っていきたいと思う。

 

イメージとしては地域の歴史がつらつらと書き連ねられている地域史なるものではなく、5年後にパラパラめくってもオモシロいと思える雑誌。TRANSITという雑誌を参考にしていきます。

現段階ではどうなるか全然わからないのだけれど、”変わるものと変わらないもの”そういった二面性を表現できればいいなと思います。

 

終わりに… と、 大鳥を愛する方々へのお願い。

僕の暮らす大鳥は、山奥ではあるけれど色んな可能性が散りばめられた環境にあると思う。やりようによっては生業・産業の種はたくさんある。

協力隊として大鳥に着任したころに僕はたくさん思案した。

アケビの籠で作った保冷バックがいいんじゃないかとか、雪室を使ってスノーブランドの野菜を売り出したらいいんじゃないかとか、雪下ろしのサポーターを募ったらいいとか、サバイバルキャンプを山奥でやったらいいとか…。タキタロウグッズをもっと拡充させたらいいとか、ドラム缶を作るワークショップをやったらいいとか、かまくらの中で居酒屋をやったらいいとか…。

 

幾つかやったものもある。けれど、殆どはアイデアのまま眠っている。今でもワクワクしてやりたいと思うモノもあるし、現実的に稼ぐ種を育てていくべきものもある。

 

けれど、そんな一編に沢山の事はできないんだ…。とも思った。

自分のことであればまだいいけど、地域の人と一緒にやるってなると、色々やり過ぎるとホントよくわかんなくなっちゃう。どれが上手くいっていて、どれが上手くいっていないのか。それさえも振り返ってみた時に、ただのイベントごとになっていて、「そういえばそんなのやっていたねー」なんて思い出話になっている。

 

地域には、今までも続けてきた仕事や行事がある。そこに上乗せして新しいことなんて、本腰入れてはできない。新しく人を増やすか、何かを捨てなければいけない。

 

そんな当たり前のことを知った時、僕は今、自分で何かアクションを起こして大きなことを動かすことよりは、”いつか来るその時まで”、脈々と力を蓄えておこうと思った。

 

僕は地域の仕事や生きる力がついたなんて堂々とは言えない。山の仕事もまだまだこれから覚えなきゃいけない。

けれど、本質を探りたくて、地域を縦に掘るのが好きで、失われていく声や心、歴史・文化を拾い集め、表現するのはブログを書いてきた僕なら少しはやれる。

だから、最終年度は特に、大鳥のことをまとめた雑誌に力を入れていきたい。

 

文章を書くこと、ちょっとした写真を撮ること、簡単なイラストを書くことはできるけど、本格的なイラストもかけないし、超ステキな写真もそんなには撮れないと思う。

だから時に、友だちにも助けてもらいながら、少しずつ進めていきたい。

 

現在までに、『朝日村史』の上・下『大泉鉱山史』『赤川流域の暮らしと文化』を調べてきました。

また、直接的ではないが、田口洋美先生が書いたマタギ関連の書籍、宮本常一さんの『山で生きる人びと』『生業の歴史』を読み、外堀を埋めるように地域の人に少しずつ聞き込みをしてきました。熊谷達也の『邂逅の森』も読んだし、それこそ以前はマンガ『釣りキチ三平』の8・9巻も…。けど、調べる資料はまだまだあります…。

写真については、春にしか取れない写真も少しずつですが取ってきました。熊狩り、山菜取り、農作業、草刈り、地域行事などなど…。

 

これからは調べてきた情報をもとに引き続き大鳥の人に聞き込みを行って過去や現在の事実確認をしながらその背景に見える世界を捉え、文書に落とし込んでいく。同時進行で夏~冬までもできる限り地域の様子、山の様子を写真に撮っていきたい。地域の人が持つ昔の写真や資料なんかも、可能であれば参考にさせて頂く予定。合間を見て簡単なイラストなんかも書いていく。地域の人へのインタビューもどこかのタイミングでやりたい。

雑誌なんて作ったことがないから手探り感ハンパないし、イラストレーターもフォトショップも持ってないし使ったことないからどうしよー!って感じなんだけど…そこらへんは今のところ保留です。

 

そして、大鳥を愛する人たちへのお願いです!!!

 

こんなテンヤワンヤな状況ですが、大鳥に住んだことがあるあなたに、大鳥に訪れたことがあるあなたに、大鳥のことを知るあなたにお願いがあります。

「大鳥の風景や、大鳥池・以東岳で撮ったステキな写真があるんだけど、提供していいよー!」とか、「クマやウサギのイラスト描いたんだけど使えないかな?」みたいなことがあれば連絡もらえると嬉しいです。

また、「大鳥に関してこんな資料があるよー!」とか、「昔の地図があるよ!」とか、「山に写真、一緒に撮りに行きましょう!」みたいなお話も嬉しいです。

 

連絡先は tagu_h1114_18@yahoo.co.jp です。既にFBなどで知り合いの方は直接メッセージ下さい。

 

こうしてまた、一人ではたいしたことができないことを知る。

けれど、それもまた、人間らしさなのかなと思う。

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夕焼けに染まる大鳥池。

せば、またの。

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