ひろろーぐ

小さな山村で暮らしながら、地域社会、民俗、狩猟、採集について考察・再定義するブログ

地域の”かつて”の話を、聞けるうちに記録しておくこと。

ども、田口(@tagu_h1114_18)です。 

昨年の春から今にかけての約一年の間に、僕の暮らす大鳥地域で5人もの人がいなくなってしまいました。理由は亡くなったり、高齢のために転居したりだけど、人口80人にも満たなくなった集落では、5という数字はかなり大きい。

 僕が大鳥に来たのは4年前。当時から高齢化率(65歳以上の割合)は変わらず70%を超えているのだが、人口は大鳥全体で86人だった。その後、毎年誰かが転居したり、亡くなったりということを繰り返し、現在では76人ほどになった。身の回りの誰かが亡くなるとか、転居するとか、入院するというのが、ここ最近頻発し、3年前に計算した急激な下り坂の人口推移がいよいよ現実になったのだと、実感し始めた。

 

そうだよね。

街場の同世代の人たちはきっと、仕事が大変だとか、転職するとか、新しい事業をやるだとか、アートイベント参加したいとか、彼氏・彼女ができたとか、結婚したとか、子供が生まれたとか。これから先も出会いや成長があり、道が開けていく年代だから、刺激的な話題も多いよね。

 

僕が暮らすここ、大鳥では日々、こんな話をしている。

病院の評判の話、健康の話、NHKの連続ドラマ小説やつるべに乾杯を見た話、山の話、年金の受給額が下がった話、身内の不幸の話。あと、実りのない下ネタも結構喋るよ。笑 

「住む場所・仕事・人間関係のどれかを変えると、自分も変わる」と昔の何かの本に書いてあったのを見た記憶があるが、大鳥に来たことで3つ全てが変わってしまった僕は、浦島太郎状態になった。最初はムラ社会のルールがわからなくて怒られたり信用を失ったりもしていたが、時間の経過と共に少しずつ、年寄りたちと共にする時間を楽しめるようになっていった。地域のばーちゃんらを集めて豆腐を作ったり、折り紙したり、納豆を作ったりするお茶飲みサロンの開催も今年で4年目になった。今は予算も何もないけれど、できる範囲で小さく続けている。好きじゃないと、これは続けられないモノだ。

仕事に関しても一年目は草刈りや屋根の雪下ろしを教わったが、月日が流れるごとに色んな仕事を経験してきた。田植え手伝い、伐木の補助、除雪機の利用、山小屋管理、吊り橋の修理、イワナの捌き方、山の歩き方、山菜、キノコの採り方。鉄砲の使い方。動物の解体の仕方。もっともっとあるけど、上げきれない。思い出すのも時間がかかる。

2015年の春からは民俗調査を始めた。最終的には『大鳥の輪郭』という本に仕上がっていくのだが、この過程の中でいろんな村人の話を聞くようになった。仕事やイベントで関わる人は60~70代の元気な年寄りだけど、この調査では80を超えたおじいちゃん、おばあちゃんにも当然、耳を傾けに行った。

「ここは昔は田んぼだったんだよ。」

「ぜんまいは株全部を採ってしまうと来年以降、細くなったり採れなくなったりするから、2~3本残して採るんだ。」

「ここには共同の秣場ってのがあって、家畜の牛の餌を採ってたんだよ。」

「前は『結(ゆい)しよぅでー』って言って、人夫の貸し借りをやったもんだ。」

『焼畑のことはこの辺ではナギノと言うぜ。』

「二百十日といって、クルミを拾うのは村のルールで毎年9月1日以降じゃないとダメだったんや。そのクルミを取りに行くのも含め、山道を集落の共同作業で草なぎ。昔はみんな手鎌でや。15年くらい前までやってたな。」

「今にも落ちそうな雪庇の上をどうしても歩かなければいけない時、『どうかお助けください』って、誰でも祈るだろ。俺が山の神がいるって言ったのはそこや。」

 

 “かつて”の地域の暮らしには、その土地の資源を最大限利用し続けようとする姿勢と、集団で生きていくために互いに距離を保ちながら助け合うためのルールがあって、それを自分たち(集落)で見事に機能させていた。部落費(自治会費)は累進課税であったし、その課税率も自分たちで決めていた。一方で、ある村人が犯した悪事の記憶は村人全員がいつまでも覚えているし、事あるごとに「あの人は昔こんな悪いことをしてた人だからなぁ…」と、過去の失態を陰口の引き合いに出す。そんな村に暮らすことは、生きやすさも、息苦しさもある。

調査をして初めてわかった、ムラ社会の徹底的な合理的側面に驚きながらも、そんな時代を生きてきた村人が一人、また一人といなくなっていく。年寄りが地域おこしを頑張ろうという気概よりも、日々楽しく暮らしていくことに時間を費やそうとする姿勢は、特別になろうする自己顕示欲もなく、肩の力が抜けていて、僕は好きだ。山の頂上にはとうの昔に到達し、今は下りながら自分の人生を完成させようとしているようにも見える。

 

いつも見る風景の中に、時たま現れて、『今日は何してたや?』って始まって、『じゃあねー』って別れていく。

それが少しずつ、出来なくなるのが、何となく寂しいという気持ちはある。だから、二度と話ができなくなることを惜しみ過ぎることがないように、その一言を、過去にあった事実を、僕は記録に残していきたいんだと思う。客観的にみれば「壊滅的な未来が訪れる…」と焦る気持ちも沸き立ちそうだが、そこは冷静に。亡くなった人に何度思いを馳せてみても、日々自分が出来ることを淡々とこなしていくことに尽きるのだということに、行き着いてしまう。

「自然と人との共生」とか、 「持続可能な社会」とか。そんな聞こえ良い抽象概念ではなく、じゃなく、いつも現実を見つめる大鳥の人の眼差しが、僕は好き。

少しずつですが、これからも大鳥の民俗調査を続けていきます。

大鳥地域で毎年行われている悪魔払い行事

 

せば、またの。

-聞き書き・インタビュー